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睡眠短歌ネプリ『ひとしくよるに羊はとんで』

睡眠短歌ネプリ『ひとしくよるに羊はとんで』を拝読いたしました。
このネプリは、蔵野依心さんが呼びかけ人となり、睡眠をテーマに編まれた連作集です。

それぞれの連作から印象に残った歌を引きます。

眠れずに歩く夜道の終着点としてコンビニは明るすぎる

ナクキザシ「silent」

「眠れずに」ということは真夜中なのでしょう。
散歩に出る主体。
行く当てもなく歩きます。
もう開いている店はコンビニくらいしかありません。
眠れない気分を持っている主体にとって、コンビニの光は暴力的に感じるようです。
眠れない人が気負わずに入れて、ハーブティやちょっとしたお菓子を出してくれる「真夜中のカフェ」があればいいのになぁとこの歌を読んで思いました。

夜と朝、眠りと起床の境目に生まれた歪みをただただ抱いて

美原星「ナイトモーニングルーティン」

眠れずに朝を迎えようとしている景と読みました。
「眠りと起床の境目」に主体はいます。
本当は眠っていなければならないのに、このままでは起きたまま起床時間を迎えてしまう。
「ただただ抱いて」という表現が、なすすべもなく時間が進んでいく様を表していると思いました。

ロザリオを握りしめたらああどうかラメルテオンに祈りを込める

翠雨「エレクトロニクスの悪夢」

「ラメルテオン」って神殿のようで魅力的な響きですよね。
調べたところ、睡眠薬の名前だそうです。
主体は自然に眠ることができない体調のようです。
しかし「ラメルテオン」をもってしても、眠ることができない夜が主体にはあったのでしょう。
主体の眠りに対する緊張感が伝わってくる一首だと思いました。

夜更かしは咎められずに自由とは瞼を抜ける光の怖さ

外村ぽこ「自由落下」

大人になると「早く寝なさい」と言われる機会はほとんどなくなります。
自分が起きていたいだけ起きていていいなんて、子供だったら憧れてしまいますよね。
でもその自由と引き換えに、大人は翌朝に仕事や家事を抱えています。
「瞼を抜ける光」は翌日浴びる朝日のことかなと読みました。
責任を負ってしまった大人にとって、朝が来るのは憂鬱なことでもあるんだよなぁと思いました。

街灯のひとつひとつが隕石で跡形もなく滅んでみたい

肺「冬至」

主体は眠れずに外を歩いているのでしょう。
真夜中に点々と立っている街灯。
そのスポットライトのような光がすべて隕石だったとしたら、という破滅的な見立て。
「跡形もなく滅んでみたい」という願望は、大半の人にとっては、もしくは昔の自分にとっては、当たり前のようにできていた「眠る」という行為ができない絶望の深さを思わせました。

わたしがいなくても成り立つ幸せがあったとしても、それでもいいよ

蔵野依心「真逆の朝」

真夜中にどうしようもなく眠れなくて、何度も寝返りを打って。
そんな時にふと思ったのでしょうか。
「わたしがいなくてもあの人は幸せだろうか」
もし実際に相手に問いかけたとしたら、「何言ってるんだよ」と笑いながら否定してくれるかもしれません。
でも今相手はそばにいないようです。
主体の思考は進んでしまいます。
「それでもいいよ」と主体は結論づけますが、きっと本心はそんなことがなければいいと願っている、反語的な一首だと思いました。


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