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ネプリ『ひととせ 23→24』

ネプリ『ひととせ 23→24』を拝読いたしました。
このネプリは、参加者それぞれが2023年を振り返り、春、夏、秋、冬、梅雨、年末、年始の7つのテーマを詠み込んだ連作短歌集です。

それぞれの連作から印象に残った歌を引きます。

春来るも月は霞んで まあだだよ 出かけるためのハンガーラック

はゆき咲くら「死ぬこと生きること」

夜の寒さも和らいで、ようやく春が来たと思って見上げた夜空に月は霞んでいます。
その情景を「まあだだよ」とやわらかく表現しているのが素敵だと思いました。
ハンガーラックには春用の服がどんどん掛けられていくのでしょう。
前向きな主体の姿を思い描きました。

夜は明ける きみが信じている嘘を僕も信じて生きていきたい

エルドラド「私の横で爪を切るひと」

きみと僕は暗闇といえる状況にいるのでしょう。
それを「夜は明ける」ときみは希望を持っています。
しかしきみが持っている希望は、僕にとっては「嘘」といえるほど望みが薄いもののようです。
それでも、今を生きていけるのなら、嘘でも構わない。
そんな切実さを感じました。

反抗期きっと通って来なかったあなたと傘を隔てて話す

toron*「ここにいるはず」

反抗期がなかったと思われる「あなた」を、主体は少し距離を取って見ています。
反抗期がないのはポジティブな場合とネガティブな場合がありますが、なんとなくこの歌の「あなた」はとても朗らかな家庭で育ったのではないかと思いました。
傘を隔てて話す二人は、お互いの表情が見えていないかもしれません。
どんな会話が主体の琴線に触れてしまったのでしょうか。
「自分とこの人は違う種類の人間だ」と明確に線を引いてしまっているようで、寂しさを覚えました。

花咲けばその名で呼ばれ花散ればまた木に戻りゆく金木犀

一ノ瀬美郷「花咲けば」

とても分かる感覚だと思いました。
花が咲いている間は話題にのぼり、花が散るとただの「木」として扱われる。
特に金木犀は香りが特徴的なので、花が咲いている間だけ人に認識される傾向が強そうです。
花が咲いている時も、咲いていない時も、金木犀はただそこに在る。
そんな自然の超然とした所も感じる一首だと思いました。

落葉樹 自分の足で立つようになって初めてわかる青空

好乃智紀「想うこと」

落葉樹は、秋の末になると葉が落ち、春になるとまた新しい葉を生ずる樹木を指します。
葉が落ちて少し寂しい姿となった木と、自分を重ねる主体。
しかし「自分の足で立つ」は寂しさと同時に強さも感じます。
葉が落ちたということは見晴らしがよくなったとも言えます。
主体が見た青空は、どこまでも広がって澄んでいるのだろうと想像しました。

A4が詰まるプリンタァ苛立ちをすべて湿気のせいにしている

かきもちり「共同作業としての押し花」

「プリンタァ」というねっとりとした言い回しに、嫌な気持ちになっているのがとても伝わってきました。
同時にコミカルさもあって好きだなぁと思いました。
ちょっとしたことが噛み合わず、いらいらしてしまう日ってありますよね。
それを「湿気のせい」と転嫁する心情も分かるなぁと共感しました。

初日の出耀くリアスの海に祝(の)う 皆々様に幸多かれと

森内詩紋「みちのく逍遥」

「みちのく逍遥」は東北の各地を舞台にした連作です。
この歌は「リアスの海」が出てきますね。
「初日の出耀く」「祝う」「幸多かれ」という言葉たちから、寿ぎの歌としてとてもストレートに胸に響く一首だと思いました。

新品のノートを最初だけ綺麗に書きはじめたり生きてみたり

マミヤミレイ「二〇二三」

新品のノートに向かう時って、ちょっと改まった気持ちになりますよね。
新しく何かを始めるのはいつも緊張します。
結句についでのように出てくる「生きてみたり」にどきりとします。
全部の文字を綺麗に書けるならそれに越したことはないですが、それよりも書き続けることの方が大切なのではないかなぁと思いました。

君のことを傷つけるすべてのものに容赦はしない柊の棘

澪那本気子「四季」

「君のことを」と丁寧に6音で言っていることが、主体の意志の強さを感じました。
大切なものができて、守りたいと強く思う。
その強い想いが柊の棘のような鋭さをもって威嚇をしています。
主体にとって、世界は優しいだけではなかったのだと感じさせられる一首でした。

雨雲の上にあなたがいるのなら濡れたっていい僕は待ちます

ま!「どろみず」

雨雲の上に「あなた」がいるんですよね。
「あなた」の裁量で雨が降っているのでしょうか。
「僕」の手の届かない所で、「あなた」は泣いているのかなと思いました。
「濡れたっていい僕は待ちます」にあなたの涙を受け止めて、そこにただただあろうとしている主体の姿を想像しました。

薄藍の萼をひろげて紫陽花はうたれるままに雨を抱きとる

河原こいし「あおのまち」

紫陽花の花に見える部分は、萼の変化したものだそうです。
そこに雨が降ってきて、受け止めている。
「うたれるままに雨を抱きとる」という描写の仕方が好きだなぁと思いました。

雨の日の教室は思い出せなくて補正されてるだれかの笑顔

小松百合華「花束となれ」

学生時代、雨の日の教室はどんな様子だったか。
日常過ぎてたしかによく覚えていないなぁと思いました。
だれかはきっと笑っていたでしょう。
でもそれは想像や空想に過ぎませんよね。
「補正されてるだれかの笑顔」という言い回しに惹かれました。

年末は明日と地続き駅伝の区間配置が今日の午後出る

西藤智「自転/公転」

駅伝は10区間あり、どの区間に選手をエントリーするかを「区間配置」と呼ぶのですね。
それが年末に発表される。
主体にとっては、駅伝が終わるまでは年末という感覚なのでしょう。
主体の年末感覚がそのまま伝わってくる面白い一首だと思いました。

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