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『胎動短歌 Collective vol.4』

『胎動短歌 Collective vol.4』を拝読いたしました。
「胎動短歌シリーズ」は歌人のみならず、詩人、俳人、ミュージシャン、ラッパー、アイドル、ライター、書店員、ラジオパーソナリティー、画家、植物園の中の人まで全36組が参加。
ジャンルを超えた「誌面上の短歌フェス」として各参加者から短歌連作8首を寄稿されている本です。

印象に残った歌を引いていきます。

金木犀のかをりが写るカメラだといふ五万五千円だといふ迷ふ

「木犀カメラ」荻原裕幸

「金木犀のかをりが写るカメラ」
とても素敵なですね。
贈り物でもらったら相手のセンスに感動してしまいそうです。
でも主体は自分で買おうかどうかを悩んでいるようです。
「五万五千円」です。
高いですが、手が届かない値段ではない。
絶妙な値段設定です。
香りが写るのはきっと金木犀限定なのでしょう。
主体は金木犀がとても好きなのでしょうか。
それとも大切な誰かが金木犀が好きで、その相手のために買おうとしているのかも。
限定的ではあるものの最新機能がついているカメラですが、なぜかアンティークのカメラを思い描きました。

命ってアカウントだけ残っててしかも見る専なので健やか

「ハッピーエンド」小坂井大輔

生きているということは、アカウントを持っているということなのかもしれません。
この歌では「命」そのものがただそこにあり、誰にも見られることはありません。
他人の人生を眺めるだけの「命」。
それは本当に「健やか」なのでしょうか。
眺めることをやめることができない時点で、依存が始まっているように感じました。
「命」という形を形容できないものを登場させながら、「アカウント」「見る専」という言葉たちで現実的なものにぐっと近づけてくる感覚が起こりました。

  にちゅう
いしてください。

看板の字が消えて
いて一度うなずく

「G on G」向坂くじら

空白や改行は原作の通りです。
何に注意すればよいのか分からない看板。
文字が消えたまま放置されているようです。
何かに注意してほしいという善意の気持ちがかつてここにはあった。
そんな誰かの気持ちに対して主体は律儀にうなずいたのではないかと思いました。

訊かないで欲しいことから話すとき言葉は煙の類縁だった

「チェーン・スモーキング」toron*

「訊く」とは、「問う、尋ねる」という意味だそうです。
主体は誰かに問いただされているのでしょうか。
「言葉は煙の類縁だった」が、主体自身も自分は何を言っているのだろうかと思いながら、まとまりのないことを話している様子を的確に描写していると思いました。

熟睡が犯罪なのでいつ来ても皆うっすら疲れてる国

「嫌だ」ひつじのあゆみ

超短編小説のような一首だと思いました。
また、小説『キノの旅』に出てきそうな国だと感じました。
『キノの旅』は、旅人のキノが相棒でモトラド(モトラート・ドイツ語で二輪車の意味)のエルメスと旅をしながら、様々な国を巡るという短編小説です。

たどり着いた国では、店に入っても、宿に行っても、どことなく疲れた風の国民たち。
理由を聞くと「この国では熟睡すると犯罪になるのです。だから国民たちはいつもうっすら疲れているのです」と教えられます。
「どうしてですか?」と聞くと、「それが法律だからです」とみんなに言われます。
熟睡してはいけない本当の理由を誰も知らないのです。
キノはその国で一番物知りのお年寄りに話を聞きます。
「昔この国では争いが頻繁にありました。ぐっすり眠っていては、いつ殺されるか分かりません。だから国は住民に熟睡することを禁じたのです」
争いが止んだ後も、決まり事だけが残り、国民たちはそれに素直にしたがっていたのです。
「どうして法律をなくさないのですか」
「それが法律だからです」
キノは自分の中でルールを決めており、同じ場所には3日しか滞在しません。
キノは首を傾げながらも、この国の法律を変えるような大きなことはせず、淡々と次の国へと移動していくのでした。

こんなお話を想像してしまいました。

一旦停止 左右確認 よしいけるもいちど確認 からの飛び蹴り

「天身嵐満」宮内元子

こんな短歌もあるのだと驚いた一首でした。
結句の飛躍にとても惹かれました。飛び蹴り…!
「天身嵐満」はほかにも、ユーモアがあって殺意の高い作品が並んでいます。
ぜひ連作で読んで頂きたいです。

古書店で待ち合わせよう 予定より長引いている人生のため

「アボカド・ムーン」村田活彦

古書店は誰かが持っていた本を売っている場所です。
思わぬ出会いをもたらす可能性の高い場所ですね。
「予定より長引いている人生」というのが、主体は「●●歳で自分は死のう」と決めて生きてきたのではないかと思いました。
自分の終わりが分からないのは怖いです。
もし苦しい人生を強いられていたならなおさらです。
だから主体は、その歳になるまではがんばろう、そこにたどり着いたら終わりにしてもよいことにしようと考えていたのではないでしょうか。
その「予定」が、待ち合わせをしている相手と出会って狂ってしまった。
自分がいなくなることを悲しむ相手、自分といることを望んてくれる相手と出会ってしまったのです。
主体は「予定」以降に何をするのかを考えていませんでした。
とりあえず古書店で自分の想定の外にある本をみつけて、大切な誰かとともに時間を潰そうとしています。
人生への深い絶望と、ささやかな幸せを見つけてしまった戸惑いを、私は感じた一首でした。


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