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言葉を発しない自由〜祝小川良成レスラー生活35周年

SNSによる情報発信が必須とも言っても過言ではない令和の時代。一般人ですら「SNS利用は当然である」と認識されている世の中です。そして企業や芸能人にとってもそれは同じです。むしろ彼ら彼女らは一般人以上にSNSの活用が求められています。芸能人やスポーツ選手はSNS上で、「日常生活」「競技のこと」「出演作品のこと」等様々な発信を行っています。というより「義務付けられている」側面もあるでしょう。しかし「SNSで言葉を発する自由」は声高に叫ばれますが、「言葉を発しない自由」はあまり語られません。

さて冒頭にプロレスとは関係の無い話を書いたのは理由があります。それはその「言葉を発しない自由」を行使した、ある選手について語りたくなったからです。

想像してみてください。あなたはとある老舗企業に入社しました。入社時は大きな期待をかけられたわけではありません。しかし「海外でも活躍する職人肌の先輩社員」や、「見た目はごついが後輩思いの酒好き上司」に支えられ、コツコツと経験を重ねてきました。そうして成長したあなたのことを周囲は「地味だけど腕に定評のある社員」として評価しています。そんなあなたを、ある日エース社員が突然ビックプロジェクトに抜擢しました。困惑するあなたに「今の会社を変えるにはお前の力が必要だ」「今のままのお前の力を貸してほしい」と言いました。あなたは喜びと戸惑いの両方を感じ「本当に俺で良いんですか?」と彼に訪ねました。彼は「お前で」いんじゃない「お前が」良いんだとまで言ってくれました。こうしてエース社員に抜擢されたあなたは、社内でその腕を存分に発揮し、会社に大きな貢献を果たしました。

あなたを見込んだエース社員はいつしか社長となり会社を引っ張っていくようになりました。しかし社長となった彼は理想と現実の間で悩み、ついには独立し新たな会社を起こすこととなりました。もちろんあなたも彼についていきます。彼(もう社長でいいでしょう)には人望があり、独立するにあたって、あなた以外にも多くの社員が行動を共にしました。そうして一躍業界の一大勢力となった彼の会社は、多くの顧客の心を掴みました。

しかし社長には、知らず知らずのうちに積年の疲労が蓄積されていました。そうした疲労がありつつも、前線に立ち続けた社長はある日突然帰らぬ人となりました。あなたは大きな悲しみにくれたでしょう。しかしいつまでも下を向くわけにもいきません。あなたは社長の残した会社をなんとか支えようとしていきました。元々表立って声を出す方ではないので声高に会社愛を叫ぶことはありません。しかしあなたは会社が大きく傾き、社員が抜け、大きな危機に陥っても、黙って会社を支え続けてくれました。腕に定評のあるあなたです。もしかすると他社からの誘いだってあったかもしれません。しかし(これは完全に私の妄想ですが)あなたは「俺を見込んでくれた社長が作った会社だ」「たとえ自分ひとりになっても仁義を尽くすべきだ」と考えてくれたのかもしれません。会社は数回の買収を経て会社名こそ創業時から変わりましたが、ブランド名は今でもしっかりと残っています。そしてあなたや若手社員らの活躍によって、再び会社に勢いが戻ってきました。去年あなたは「社長の弟子」とタッグを組み、見事jrタッグリーグ戦を制しました。そのときあなたが発した言葉を私は忘れることができません。

「三沢光晴というレスラーがいたことを、どうか忘れないでください」

もしあなたが頻繁にリングで言葉を発する人であったら。もし彼に対する弔いを頻繁に発する人であったら。この言葉はここまで響かなかったでしょう。彼が亡くなって10年。公の場であなたは彼に対する思いを発しませんでした。もしかすると、今の基準で言えば「なんでもっと発信しないんだ!」と非難されるかもしれませんね。しかしわざわざ言葉にしなくても、あなたが「何があっても会社に居続けてくれたこと」が、あなたの彼に対する特別な思いを表現しています。

誰でも発信できる社会は素晴らしいです。一方発信を「無理強いすること」は決して良いことではありません。言葉にすることと同じくらい、行動で示すことは大事なことです。むしろ頻繁に言葉を発しないからこそ、いざというときの言葉が非常に刺さるのだと、あなたは教えてくれました。

そしてあなたは今でも「社長の弟子」や「あなた以上に寡黙な選手」と共に会社の最前線に立っていますね。そういえば、あなたがかつての社長をイメージさせる、期待の若手を目にかけていると聞きました。彼は素晴らしい若者ですが、すぐに社長のような偉大な選手にはなれないでしょう。しかしあなたが鍛えてくれているのであれば安心です。きっと次代を担う選手に育ってくれるでしょう。そうした選手とあなたが戦う姿を、少しでも多く見せてほしいと心から願っております。

レスラー生活35周年おめでとうございます。

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