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noteをサボっていて悔しかったこと

どうも一発目のnoteの内容を凝縮してしまったが故に、まだまだ完全な内容でないと公開にこぎつけないnoteの下書きたちを見て、あーあ。とおもっていた。 落合陽一氏の日々短文雑記を見て、もっと肩の力を抜いてnoteってやってよかったんだわと感じてまた、ツルツルに指を走らせ始めている。 しばらくの間noteをサボっていて、悔しかったのが、「記憶より記録」のポリシーにおもいっきし違反していたことだ。 あるトピックに対して下書きを書いているとき、もちろんその内容はその瞬間自分が「

    • 内省好きな私のために

      久しぶりに友達に会うとよくかけられる言葉第一位が、 最近SNSで考えすぎな投稿結構してるけど、大丈夫?なんかあったの?である。 確かに以前のSNS上では社交的な面の私の姿をなるべくそのままでお届けすることを心がけ、Twitterアカウントはかわいい猫の動画をRTするか、自分で面白いと思ったことをつぶやく、ほのぼの(?)コンテンツの共有場でした。 だから現実の私と私のアカウントを長らく見続けてくれていた人が近年の考えすぎツイートを見て、こいつ病んだのかと思ってしまうのは自然な

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