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絵本江戸土産 下


目ぐろふどう

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

目黒瀑布
往昔むかし日本やまとたけみこと  東征とうせいの時、 橘姫たちばなひめ  の 御わかれをかなしみ給ひ事、武蔵国むさしのくに荏原えばらこほりに、しばらく御滞留たいりうあり。その所にやしろたてて、荒人神あらひとかみまつるよし。

後に慈覚大師不動の尊像を彫刻し給ひて
今の目黒不動なるよし

後に、慈覚じかく大師だいし 不動の尊像そんぞうを、彫刻てうこくし給ひて、今の目黒不動なるよし。まことに、霊験れいげんいちじるしく、正五九月の参詣、ことに廿八日は縁日ゑんにちなれば、廿七日の夜中は昼夜ちうやのさかいなく、老若らうにやく男女なんによおし合へし合、● この瀧にみそぎして、百度参りのさしのかず坂のほとりに山をなし、門前には時ならぬ、餅に花をさかす。

この瀧にみそぎして百度参りのさしの数坂の辺に山をなし
門前には時ならぬ餅に花を咲す

川口屋のあめ見世に、のこんゆきあらはし、まこと雪月花せつげつくわけうある地なり。

「川口屋」
川口屋の飴見世に残の雪を顕し
定に雪月花の興ある地なり


行人坂

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
みろく 御料理 御望次第
いせや 御ならちや なめし

※ 「行人坂ぎょうにんざか」は、目黒区下目黒にある坂(現在のJR山手線目黒駅から目黒川の谷に下る坂)のこと。
※ 「御ならちや」は、御奈良なら茶飯ちゃめし。炒った大豆や小豆、焼き栗などと炊いたご飯。
※ 「なめし」は、菜飯なめし。青菜を炊き込んだご飯。


神田明神

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

こゝ天慶てんけい将門まさかどほろびて、そのれいたゝりをなせしを、遊行ゆぎやう上人、芝崎しばさきむらまつりて、そのれいをしづめ、神田かんだ明神みやうじんといふとかや。ことに九月十五日さい礼なれば参詣おびたゞし。

※ 「天慶てんけい将門まさかどほろびて」は、天慶三年(940年)に藤原秀郷ふじわらのひでさと平貞盛たいらのさだもりらによって討伐された平将門たいらのまさかどのこと。

粤に天慶の将門亡びて其霊たゝりをなせしを
遊行上人芝崎村に祭てその霊をしづめ神田明神といふとかや
殊に九月十五日祭礼なれば参詣おびたゞし

そのうへ 神田へん産土うぶすなゆへに、貴賤きせん群集ぐんじゆして、社中しやちう寸地すんちもなく、見世みせもの土弓どきう、酒家、茶店、菜飯なめしちや屋、祇園ぎをん豆腐どうふのみせ、のきをならべ繁昌はんじやういはむかたなし。

※ 「土弓どきう」は、あずちにかけた的を楊弓(楊枝で作った弓)で射る遊戯。
※ 「祇園ぎをん豆腐どうふ」は、薄く平たく切った豆腐を串にさして火にあぶって味噌たれをつけたもの。豆腐田楽。

貴賤群集して社中寸地もなく
見世もの土弓酒家茶店菜飯ちや屋祇園豆腐のみせ
軒をならべ繁昌いはむかたなし

神田聖堂

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
上●屋 おわりや 萬●● 万みそおろし


につぽり  日くらしの里

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
「地ぞうとう」
「大神宮」


あすか山  花見のてい

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

飛鳥山花見
はるのいとゆふ長閑のどかなりし折しも、上野うへのゝ花もふるめかし。いざや飛鳥あすかの花見にまからんとて、毛氈もうせん 弁当べんとう さゝゑなど取もたせて、駒込こまごめよりあすか山にいたり、四方よもながめやれば、北の方 あら川のながれ白布しらぬのしきたるがごとく、足立あだち広地くわうち、目をかぎりにして尾久をぐむら 農業のうぎやう たみかまどにぎはしく、ことさら此花はたつとき仰を下し給いて、芳野よしのはなをうつしうへさせ給いしよし、まこと花形くわぎやう ● 常よのつねことなり。色かかんばしくして、吉野ゝ山の春の 景色けいしよく も、これには過じと、春の永き日をおしみて、ゆふぐれに宿やどにいそぎぬ。

※ 「毛氈もうせん」は、獣毛を原料にしたフェルト生地で敷物などに用いる。
※ 「さゝゑ」は、酒を入れる携帯用の竹筒のこと。
※ 「尾久をぐむら」は、現在の荒川区北西部の辺り。

いざや飛鳥の花見にまからんとて
毛氈弁当さゝゑなど取もたせて
駒込よりあすか山にいたる
ことさら此花は尊き仰を下し給いて
芳野の花をうつし植させ給いし
色か香ばしくして吉野ゝ山の春の景色も
これには過じと春の永き日をおしみて
ゆふぐれに宿にいそぎぬ


おうぢのいわや

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

王子初午
衣更着きさらぎ初午はつむま王子わうじ稲荷いなり参詣とて、あすか山のほとりより、老若男女 群集ぐんじゆして、百度参りの員取かずとりのさしやしろへんみてり。山に至りて 狐穴きつねあなはいし、赤飯せきはんをさゝげ奉り、かえりまふしに王子社 遥拝ようはいしぬ。

※ 「衣更着きさらぎ」は、旧暦二月。如月きさらぎ
※ 「衣更着きさらぎ初午はつむま」は、旧暦二月の最初の午の日。

山に至りて狐穴を拝し赤飯をさゝげ奉り
かえりまふしに王子社遥拝しぬ
「正位社」
老若男女群集して百度参りの員取のさし社辺に充り


おせうぞくゑの木

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

伝へ云、此 稲荷はくわん八州のとうりやう也とて、毎年 極月晦日の夜、狐あつまりて、鳥居とりいに至りて、官位くわんゐ差別しやべつあるよし。其ときの衣装ゐしやう ゑのき とて、田の中に有り。此所に先あつまりて、社の方 ゆくよし。

近年 こと霊験れいげんあらたにて、毎月午の日の参詣、ひきもきらず。のぼり、てうちん 道路どうろにみてり。

※ 「おせうぞくゑの木」は、御装束おしょうぞく榎木えのき
※ 「稲荷」は、王子稲荷社のこと。
※ 「くわん八州」は、関東八か国の総称。武蔵、相模、上野、下野、上総、下総、安房、常陸。
※ 「とうりやう」は、頭領。
※ 「極月」は、十二月。ごくげつ、きわまりづき。
※ 「てうちん」は、提灯。

おせうぞくゑの木
「池田諸白所 なめし」「王子稲荷大神」「王子氏子」

※ 「諸白もろはく」は、よく精白した白米で作った麹と蒸米で醸かもした上等な日本酒のこと。

王子おうじ稲荷社いなりやしろは、古くから関東稲荷社の総社とされ、また、江戸幕府の祈願所のひとつに定められていました。大晦日の夜、東日本各地から集まった狐たちが、えのきの下で装束を整えて、王子稲荷社に初詣をしたそうです。

王子おうじ稲荷社いなりやしろ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『江戸名所図会 7巻 [15]

装束しやうぞく  はたけ 衣装いしやうえのき

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『江戸名所図会 7巻 [15]

装束しやうぞく  はたけ 衣装いしやうえのき
毎歳まいさい十二月晦日みそか諸方しよはうきつねおびたゞしくこゝにあつまきたる事、恒例こうれいにしていましかり。その ともせる火影ほかげよりて、土民どみん 明年あくるとし豊凶ほうけううらなふとぞ。このことよひにあり、また あかつきにありて、時刻じこくさだまことなし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
王子装束ゑの木大晦日の狐火(名所江戸百景)


あさぢが原そうせん寺

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

※ 「あさぢが原そうせん寺」は、浅茅原あさじがはら総泉寺そうせんじ。総泉寺の始まりは、妙亀尼が梅若丸の菩提を弔うため庵を結んだことに由来します。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

浅茅原秋色
いとど秋は物わびしく、いづくも同じ。秋の景色、正燈寺せうとうじ紅葉もみぢを見物して、それよりたどりて、二本つゝみ三谷さんやにかゝり。今戸橋を渡りて、浅茅あさぢが原に至てみれば、そのかみ梅わかはゝ妙亀めうきと云。あまむすびしいほりの跡、妙亀堂とて今にあり。則、かゞみいけそばなり。昔の有さまあはれもよほし、秋の日みじかきかなしみて、夕暮にやどりにかえりぬ。是ぞまこと四時しいじけふある、江戸むらさき所縁ゆかりかたへのよき土産みやげにとなれかしと。つたなきふでをたつるめでたさ。

※ 「浅茅原」は、台東区橋場付近にあった野のこと。
※ 「いずく」は、何処いずく
※ 「正燈寺せうとうじ」は、臨済宗妙心寺派の寺院。東陽山正燈寺。
※ 「梅わか」は、梅若丸。京都北白川吉田少将の子で、人買いにさらわれ武蔵国隅田川畔(橋場の辺り)で亡くなりました。
※ 「妙亀めうき」は、梅若丸の母 妙亀尼みょうきに。人買いにさらわれた梅若丸を探し歩いた母は、一年前に息子がこの地で亡くなったことを知ります。梅若丸の菩提を弔うために剃髪して庵を結びましたが、貞元二年(977年)鏡ケ池に身を投げたとされます。


かゞみが池

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本江戸土産 下

※ 「かゞみが池」は、鏡ケ池。台東区橋場にあった池。

「弁天」



よかったら上巻・中巻も読んでみてくださいね。👀
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筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
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