牡蠣（かき）

牡蠣（かき）　一名　石花

畿内に食する物、皆芸州広島の産なり。尤もつとも名品とす。播州、紀州、泉州等に出いだすものは大おほひにして自然しぜん生せいなり。味あぢ佳かならず。又、武州、参州、尾州にも出いだせり。広島に畜養やしないて、大坂に售うる物、皆三年物なり。故ゆへに、其味 過不及かふきう の論なし。畜やしなふ所は草津示保浦にほうら　たんな　ゑは　ひうな　おふこ　等とうの五六ケ所しよなり。積みて大坂浜はまゝに繋●●●ぐ。数艘の中に草津くさつ尓浦にほより出いづる者、十か七八にして其畜養ちくやうする事 至いたつて多し。大阪に泊ること例歳れいさい十月より正月の末すへに至いたりて帰帆きはんす。

畜養（ちくよう）

畜やしなふ  ●ところ  各おのおの  城下より一里或は三里にも沖に及べり。干潮ひしほの時、潟かたの砂上しやじやうに大竹を以て垣を結ゆひ列つらぬること凡一里許ばかり。号なづけてひびと云。

高たかさ一丈余よ、長一丁許を一口と定め分限ぶんげんに●せて其数かず幾口いくくちも畜やしなへり。垣の形、への字の如く作り、三尺余の隙ひまを所ところゝに明あけて、魚其●に聚あつまるを捕とるなし。ひゞは潮の来きたる毎ごとに、小ちいさき牡蠣、又、海苔の付つきて残るを、二月より十月までの間は時ゝ是を備中鍬びっちゅうぐわにて掻かき落おとし、又、五間けん或は八十間四方許、高たかさ一丈許の同じく竹垣にて結ゆひ廻まはしたる籞いけすの如き物の内の砂中一尺許堀り、埋うづみ畜やしなふこと三年にして成熟とする。海苔は広島海苔とて賞し、色ゝの貝もとりて中にもあさり貝多し。

蚌蛤じうがうの類、皆胎生たいせい卵生らんせいなり。此物にして惟●●化生くはせいの自然物なり。石に付つきて動くことなければ、雌雄めをの道なし。皆、牡をなりとするが故に、牡蠣ばれいと云。蠣れいとは其貝の粗大なるを云。石に付て磈■かさなり[■は石＋畾]  つらなりて、房のごときを呼んで蠣房れいばうといふ。初め生ずるときは、唯一挙石こぶしのいしのごときが四面しめん漸やうやく長じて一二丈に至る物も有あるなり。一房いちばう毎ごとに内に肉にく一いつ塊くわいあり。大房の肉は馬蹄ばていのごとし。小ちいさきは人の指面ゆびのごとし。潮しほ来れば諸房しよばう皆口くちを開き小蟲こむしの入るあれば、合せて●に充みつると云へり。

又、曰、磯いそにありて石に付つきて多く重《かさな》り山のごとくなるを|蠔山かうさんと云。離れて小なるを梅花蠣ばいくわれいと云。広島の物是なり。筑前にて是をウチ貝といふは、内海うちうみの磯に在るによりてなり。又、オキ貝、コロビ貝と云は、石に付かず、離れて大なるを云へり。

又、ナミマカシハと云あり。海浜かいひんに多し。形円まるにして薄く小なり。外は赤ふして小刺はりあり。尤もつとも美なり。好事こうずの者は多く貯たくはへて玩●くわんらんに備ふ。是韓保昇かんほうしやうが説く所 ●蠣ふれい、是なり。歌書かしよにスマカシハといふは●●かきがらの事なり。又、仙人と云あり。其殻からに付く  刺幅はりはゞ広きを云。又、刺はりの長く一寸許ばかりに多く附く物を海菊うみきくと云。又、むら雲のごとく刺はりなきものもあり。その色数種なり。右、本草ほんざう并諸房しよばうの説を採とるる。

カキといふ訓は、カケの轉てんじたるなるべし。古歌に、みよしのの岩のかけ道みちふみならし　とよめるはいま俗に岳がけと云に同して云いひ初そめしにや。物の闕かけ●●ると云も、其意にてともに方圓●●ゑんの全まつたからざる義なり。

此殻からをやきて灰をとなし、壁を塗ること、本草ほんざうに見へたり。

大和本草やまとほんざうに高山かうざんの大石たいせきに蠣殻かきがらの付つきたるを論じて挙あげたり。これ又、本草に云所にして、午山ごさん老人らうじんの討論あり。いずれを是なりとも知らざれば、此に略す。されども天地一元の  壽數しゆすう改変かいへん  の時に付つき●る殻なりと云も、あまり迂遠うえんなる説なり。

◇

筆者注　●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字や誤字･誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介／免責事項」をお読みください。📖