追う者

「〇〇ちゃんは新人だからこそなんでも歌える権利があるんだよ」

そう言ってくれる優しい先輩と距離を近づけながら、
スナックの女の子に視線を送っていた。



先月、新入社員の歓迎会を部署で開いていただいた。

隣に本部長が座り、前には同じ部署の若い男性3人。

20名を超える人数だったにも関わらず、あまり話したことのない先輩に囲まれて緊張が解けることはなかった。

それでも盛り上が上手な前に座る3人が楽しくさせてくれていた。



二次会に行った。

部長と係長と先ほど前に座っていた3人のうちの2人の先輩。

みんな男性だった。


二次会は部長行きつけのスナック。



「失礼します」

とわたしの前に座る女性。


隣に部長と先輩。




あの時、わたしは欲しがった。


目の前の女性を。

隣の先輩を。



どちらでも良かったのかもしれないし

ただの気のせいだったのかもしれない。

どちらでも悪くなかったのかもしれないし

ただただ恋をしたいだけだったのかもしれない。

酔っていただけなのかもしれないし

お酒のせいにしたいだけだったのかもしれない。




隣の先輩に触れたいと思いながらも

目の前女性に目配せをした。



スナックの女の子は
とても綺麗だった。

素朴だけど、整った顔立ちをしていて
静かな人だった。


隣の先輩は
ムードメーカーだった。

こんがりと焼けた肌が眩しくて
いつも元気な人だった。



わたしはどちらをも欲しがった。



もう会うことのないかもしれない女の子。
また月曜日に会社で会うことになる先輩。



どちらも欲しくて
どちらも要らなくて
どちらもそもそも手に入らないものだった。





二兎を追う者一兎も得ず。

一兎を追っても得ることはできなかったと思う。




もう会わない可愛いあの子。
月曜日も会う優しい先輩。

さようなら。

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