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『落研ファイブっ』第二ピリオド(1)「新たなる第一歩」

~~~仏像の夢~~~

『五郎君。ダディ特製のフレンチトーストだお。はいあーん♡』
『熱っ』
 仏像があわてて飛び起きようとすると――。

『ごおーにーたーん(ゴー兄ちゃん)♡』
『ぐへえはああっ』
 仏像は寝ぼけたままのたうち回る。

〔?〕『あらあら松尾ちゃんったら。また五郎君に抱き着いて』
〔父〕『こうして一緒に寝ていると本当に兄弟みたいだね。僕ら思い切って一緒になって本当に良かった。群馬に来て、僕の人生は素晴らしく変わったよ。これもすべてハニーのおかげだ』

〔?〕『それは私のセリフよ、十五じゅうごさん。今度の週末は上毛高原じょうもうこうげんで五郎君の雪遊びデビューね。楽しみだわ』

〔父〕『そうだね。五郎君が四歳、松尾ちゃんが三歳。雪遊びを教えるにはちょうど良い時期だ。義姉ねえさんたちも一緒に雪遊びに来たら良いのに』
〔?〕『松尾ちゃんもいたずら盛りだから。時には二人きりにしてあげないと、お姉ちゃん夫婦も気が休まらないわよ』

~~~仏像 お目覚め~~~

〔仏〕「ぐへえはああっ。何だこの刻みオレンジを砂糖でどろどろに煮詰めた夢は。断固拒否だ絶対嫌だこれは夢だ、夢であってくれ」

 はっきりとしてきた視界に映るのは、いつもと変わらぬ飾り棚の仏像コレクション。
 タオルケットの上には自作の如意輪観音にょいわかんのん像が転がっている。

〔仏〕「あれ、俺昨日松尾の所に泊まったよな。いつの間に俺はこっちに戻って来たんだ」
 スマホで松尾に連絡を取ろうとすると、新着メッセージが入ってきた。
 父親からだ。

〈鶴巻あたり亭は良いお宿でした。どこからともなく女の人の悲鳴が一晩中聞こえる他はとても快適。次は五郎君も一緒に泊まろうね〉

〔仏〕「ホラーじゃねえか。絶対泊まらねえっての」
 吐き捨てるようにつぶやくと、仏像は改めて松尾に連絡を入れたのだが――。

〔仏〕「嘘だろ」
 松尾からは、昨日はゴーさんが家に来てくれなくて寂しかったと返信が来ていた。

 そして数時間後――。
 

〔父〕「五郎君ただいま。お留守番寂しくなかった」
〔仏〕「父さんの中で俺は何歳で止まってるの」
 仏像は呆れながら父を家に上げた。


〔父〕「これお土産。佃煮と、お豆腐と、おそばにおまんじゅうとお水とコマと卵にきくらげと一味唐辛子いちみとうがらしにもなかと手ぬぐいと」
〔仏〕「どれだけカモにされてんだ。少しは断るってコマンドを覚えて良いんだぞ」
 手品の万国旗のごとくリュックと両手一杯のお土産袋から、大山おおやまみやげをリビングにまき散らす父である。

〔父〕「えっ、クール便でハムと豚のみそ漬けと鹿のカレーにお漬物と」
〔仏〕「誰が食べるんですかそれを、誰が」
〔父〕「五郎君」
 仏像はそんな無茶なと言いつつ、『大分産』とラベルの貼られた大山みやげの瓶詰を手に取った。

〔仏〕「もうちょっと色々考えてから買い物しようよ。言われるままにホイホイホイホイ。カモになるにもほどがある」

〔父〕「それが良いんだよ。今日だっておそばを頼んだら、お豆腐はいかがですかって言われてね。それでお味噌の乗っかった豆腐を頼んだら、とっても幸せな気分になったんだ。おいしかったああ」

〔仏〕「どうりで旅行のたびにマミーとケンカになったわけか。財布の紐がそんなにゆるくて良くハゲタカが務まったな」

〔父〕「だってね五郎君」

 仏像の父は、『大分産』とラベルの貼られた大山みやげの瓶詰(びんづめ)を手に取る。

〔父〕「お金を使ったらお店の人が喜んでくれるでしょ。そうしたらとっても幸せであったかい気持ちになるの。ダディがハゲタカ化して一杯稼いだお金で、五郎君がこんなに大きくなったの。ダディは五郎君を見ているだけで、とっても幸せなの」

 仏像は猫のようにそっぽを向くと、黙って土産物を片付け始めた。


〔父〕「ねえねえ、これ見て。ダディの新たなる第一歩。本当に大山に行って良かったよ」
 無言で土産物袋をたたむ仏像に父が見せてきたのは、フォロワー数三名のSNSアカウント。

〔仏〕「【ざるうどんしこしこ@日吉大経済卒今だけフォロバ一〇〇パーセント】。何この加齢臭プンプンの怪しいアカウント」
〔父〕「どこが怪しいの。どこが加齢臭なの」

〔仏〕「全部だ全部。フォロワーが少ない今のうちに全部作り直した方が良い。そもそもこんな怪しいアカウントに三人もフォロワーがいるなんて、絶対フォローバックしちゃダメなやつ」

〔父〕「そんな事ないって。ほら全員知り合いだもん」
 父親はフォロワー欄をクリックして見せた。

〔仏〕「何で【たーちゃん@二十五歳丸の内OL】と相互フォローしてんだよ!」
 多良橋(たらはし)のストレス解消用ネカマアカウントをフォロワーの中に見つけた仏像は、思わず頭を抱えた。


〔父〕「頼んだらすぐフォローしてくれたもん。『たーちゃん』とダディは学部違いだけど日吉大の同期だなんて、これも何かの縁じゃない」

〔仏〕「あのネカマ。本当にどうしようもない腐れ縁だよ全く」
〔父〕「そんな事言ってると罰が当たるよ。五郎君はたーちゃん先生のお世話になりっぱなしでしょ。今は五郎君の部活の顧問なんだって。試合見学に誘われちゃったよ」
 父の発言に、仏像はピクリと眉を上げた。

〔仏〕「まさか、来る気なの」
〔父〕「もちろんだよ。ようやくまともにダディらしいことが出来るんだもん。父兄面談はマミーがいなくなってからは遠隔で、直接学校に行けたこともないし」
 余りにうれしそうに話すので、来なくていいとは言えなくなった仏像である。

〔仏〕「で。後の物好きな二人はどんな知り合い」
 仏像の質問に、父はきらきらとした目で身を乗り出した。

〔父〕「日吉ひよし大ピーマン研究会の部員。持つべきものはサークル友達だね」
〔仏〕「何じゃそら。父さんって投資サークルにいたんじゃないの」

〔父〕「ハゲタカ稼業からは足を洗うって言ったでしょ。だからそっち方向には声かけなかったの。ピーマン研究会はダディが立ち上げた、金儲けまったく関係ないサークルだから」

 その後も嬉々として話し続ける父の『青写真』の余りのゆるふわ具合に、これが伝説のハゲタカの末路なのかと仏像はため息をついた。

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