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『落研ファイブっ』第二ピリオド(5)「夏だ水着だお仕事だ」

 仏像が猫のように丸くなって寝息を立てている頃、長門ながとの父親の車でえさが連れてこられたのは猫の額ほどの小さな海岸だった。

〔餌〕「話が違うんだけど。これじゃナンパ出来ないじゃん」
〔長〕「海水浴って言ったっしょ」
 むさくるしい男ども占めて十名近くがやって来た海岸には、ナンパできそうな若い女の子は一人たりともいない。

〔餌〕「海水浴は出会いの場でしょーっ。何でぴっちぴっちの水着姿の」
〔加〕「ここにいるだろ、ここに」
 天河てんがの隣で、加奈がまた一回り大きくなった胸を突き出した。

〔餌〕「あなた仁王におうだし」
〔加〕「くされパンダ生言ってんじゃねえぞ。あんまり生コクと女の子紹介してやらんぞ」
〔餌〕「辞退いたします。どうせろくなもんじゃない」

〔天〕「今日は女の子が来るって」
〔餌〕「噓でしょっ。ろくな奴が来るの。思わず空中平泳ぎ決めちゃうような」

 青柳あおやぎ君から女の子が来るって聞いたから来たんだけどと井上が応じると、本当に青柳あおやぎが女子軍団を引き連れてビーチにやってきた。


〔青〕「足元が荒いので気を付けてくださいじゃん」
 エゾウコギなめ茸監督率いる『なめ茸組』見習いの青柳あおやぎは、得意げに『じゃんじゃん語』を操っている。
 青柳あおやぎ先導せんどうで、ビーチシューズを履いた水着姿の女性が現れた。

〔あ〕「えーここ超きれいじゃんっ。青柳あおやぎ君ってマジ使えるじゃん」
〔長〕「青柳あおやぎ君の知り合いってあさぎちゃんさんかよ。今日シャモさんいないのに良いの」

 『みのちゃんねる』の古参メンバー登録者でありグラビアモデルのあさぎちゃんが、フィギュアさながらの恵まれた肢体したいもあらわに高校生男子の前に現れる。

〔井〕「うおおおおおっ。何で政木まさき来なかったんだよ」
 あさぎちゃんにくぎ付けの井上の後ろから、さらに井上を大興奮させる女子軍団がやってきた。

〔あ〕「いちごねえさんの事務所の後輩なんじゃん。パンダ君、いちごねえさんがこの子たちをよろしくって言ってたじゃん」
〔餌〕「永見ながみまりもちゃんだあ」
 ピンクのふりふりセパレート水着姿の小柄な女子・永見まりもがえさに手を振った。

〔?〕「ああああっ。まさか、まさか氷取沢ひとりざわジェシカ様を生で拝める日が来るとは」
 アイスブルーのハイレグ水着に身を包んだ八頭身の美女に平伏へいふくするのは、陸上部の一年生である。


 いずれ劣らぬ美女軍団に高校生男子達が挙動不審きょどうふしんになっていると、頭から真っ白いシーツをかぶった怪しい男がメガホン片手にやってきた。

〔エ〕「エキストラのみなさーん。早朝からご苦労様じゃん」
〔井〕「エキストラ?」 
 明らかに不審ふしんな見た目の男に、高校生たちが首を傾げた。

〔青〕「これからエゾウコギなめたけ監督が『第十七期ビーチガールズお披露目特典ひろめとくてんムービー』の撮影に入ります。皆様は海水浴を楽しんでください。一つだけお願いがありまして」

〔天〕「俺らあの美女軍団のボディガードなの」
〔服〕「ナンパしてくる奴らから彼女たちを守れと」
〔餌〕「こんな場末ばすえの海岸にナンパ目的で来るやつなんて」
〔加〕「くされパンダ、鏡見ろや」
〔餌〕「あ、いた」
 ナンパ出来ないと騒いでいた一瞬前の自分を思い出し、えさは口をつぐんだ。

※※※

 エゾウコギなめたけの口車に乗せられて機材きざい設営せつえいや荷物運びをこなしているうちに、太陽が天高く上った。

〔監〕「ありがとなんじゃん。おかげで良い絵が撮れたじゃん。青柳あおやぎ君もここで解散じゃん。また全年齢撮影の時には手伝い頼むじゃん」
〔青〕「ありがとうございますじゃん」

〔監〕「これで皆で飯でも食うがいいじゃん。釣りは青柳あおやぎ君のお小遣いじゃん」
 エゾウコギなめ茸は青柳あおやぎに一万円札を三枚握らせると、ワンボックスカーのウィンカーを点滅させて市街方面へと走り去った。

〔井〕「確かに女の子には会えたけど」
〔山〕「監督付きでお仕事中の玄人くろうとさんに声かけるとか」
〔長〕「出来る訳なくない」
〔天〕「それがここにいるんだよな」
 えさは三枚のファンシーな名刺をもらってにやついている。

〔陸〕「小柄童顔って警戒されないから有利なんだよな。俺なんてジェシカ様と結局目も合わせられずじまいだよ。スマホ越しだったらずっと見つめあえるのに」
 長距離走の選手らしくしゅっとした体形の彼は、長じれば合コンで一番人気になりそうな素材の持ち主である。

〔?〕「そもそもさあ、俺らまだ自己紹介も終わって無くない。俺二年一組の今井雄三いまいゆうぞう 野球部アルプス席在籍中」
 シックスパックに割れた腹筋の持ち主が、ひっそりと気配を消していた服部に目線を向ける。

〔服〕「えっと、この後は親睦会しんぼくかいを開きたいのですがいかがでしょう」
 服部はモアイのような目を、濡れた髪に砂をまとわりつかせた一同に向けた
 

 長門の父と兄の車に分乗した一行は、海水浴らしい海水浴もしないまま近くのファミリーレストランへ向かった。
〔今〕「絶対バイキングの方が良いって。普通のメニューは客多いから待たされる」
 野球部アルプス席在籍の今井がバイキングを勧めると、従順な子羊たちはあっさりと従った。

〔兄〕「氷取沢ひとりざわジェシカが来てたならもっと早く呼べよ」
 長門の報告に、長門そっくりな兄はおかんむりだ。
〔父〕「森崎いちごのファンなの。俺も若いころ大ファンだったわ」
 長門の父は餌とすっかり意気投合している。

〔山〕「なあ青柳、お前あの変な監督とまだつるんでたの。大丈夫かあいつ」
〔青〕「『エゾウコギなめ茸監督』ね。あの人は知れば知るほど大天才だよ。今はまだ一般向けのシーンしか同行を許されてないけど、それでも学びの連続」

〔井〕「青柳あおやぎは本気で映像作家の道を目指すんだ」
〔青〕「もちろん。そのためなら何でもする」
〔山〕「まあ、PR映像撮りたさに落研にビーチサッカーをやらせる位だからな」
 山下がストローをもてあそびながら返した。

〔服〕「その落研のビーチサッカー活動についてなんだけど」
 山下の発言を呼び水にして服部が改まる。 
 服部の横顔を、餌は珍しく真顔で見つめた。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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