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『落研ファイブっ』第二ピリオド(3)「推し活」

〔千〕「松尾ちゃんの室内楽しつないがくの審査が終わったら、結果を待たずに車で群馬に戻る予定だったのよ」
 仏像を松尾の実家に誘った千景ちかげは、いたずらを思いついた子供のような目を仏像に向けた。

〔仏〕「もう実家に泊まれる状態にはなったんですか。マイアミのコンクールに優勝した後、変なやつが湧いて出て大変だったらしいじゃないですか」
 仏像は、松尾から聞いた話を思い起こす。

〔千〕「犯人は捕まったし、それに松尾ちゃんの心も大分落ち着いてきたとは思うし。楽しい思い出だけを持って海外に行ってほしいの」
 ティ―スプーンをもてあそんでいた千景ちかげは、静かにまぶたを閉じた。

※※※

〔仏〕「僕も散々な目にいましたが、私物を盗まれるのと自室に入られるのはさすがに」
 千景の口から詳しい事情を聞いた仏像は、松尾がかつて言葉少なに話した事件の重みを改めてかみしめる。

〔千〕「経歴けいれきも問題ないし真面目な人だと思ってやとったの。でも、最初から松尾ちゃんの部屋に入るのが目的だったのよね。盗撮とうさつ用のカメラにすぐ気づいたから、最悪の事態にならずに済んだけど」

〔仏〕「それに比べたら、僕の身に起こった事が軽く感じます」
〔千〕「文化祭の話はニュースで知っているわ。他にも色々あったのね」
 仏像はうなずきながら、自身に起こった事件の数々を忌々いまいましく思い起こした。

〔仏〕「僕の写真に住所や家族構成やら恋人の憶測おくそく記事がネットに。アクセス稼ぎ目的で、海外から投稿とうこうしていたらしく」
 松尾ちゃんも同じ目にあったわと、千景ちかげいきどおる。

〔仏〕「そのせいで両親はケンカばっかり。クラウドファンディング勢の一部が、下級生に金を握らせて一並ひとなみ中に盗撮カメラをつけるわやりたい放題だし。主犯格の『マダム』は開き直るし無罪放免むざいほうめんだし本当に最低」

 ため込んだ怒りを思わず吐き出す仏像を、千景ちかげは止めることなく見守った。

〔仏〕「『マダム』を中心とするグループは『ゴー君見守り隊』を名乗って、二十四時間監視態勢でした。僕のSNSに映りこんだ背景から居場所を当てるのは朝飯前。大会運営のSNSに突撃して『政木五郎まさきごろうをよろしくお願いします』ってその国の言葉でごあいさつ」
 俺の母親ですらそんな事はやらねえと、仏像はいらつきをあらわにする。

〔千〕「それで、『マダム』が開き直ったってどういう事」
 仏像がふうと大きくため息をついたところで、千景ちかげが身を乗り出した。

〔仏〕「SNSで『マダム』グループに誘われた多良橋たらはし先生が、『マダム』に注意をしたんです。そうしたら『推しの事は何でも知りたいのが乙女心』ってうそぶいて」

〔仏〕「まずいと思った多良橋たらはし先生が一並ひとなみ中学に連絡を入れて学校が調査をしたら、下級生に金を握らせて盗撮カメラをつけさせていた事が分かって」

〔千〕「そんなの推し活じゃなくて犯罪じゃない」
 『マダム』って言うぐらいだからいい年なんでしょと呆れる千景ちかげに、仏像はうんざり顔でうなずいた。

〔千〕「その果てに、政木まさき君目当てに文化祭に押しかけたファンが、興奮状態で将棋倒しょうぎだおしになったのね」

〔仏〕「あの頃ちょうど両親が離婚するのが確定的になって、親権で揉めていたんです。家もバレて急に引っ越しする事になったし練習も出来なくなって何もかもが限界で」

 プライベートを暴かれ両親の離婚が決定的となった仏像は、学校にまで押しかけて無自覚に自身を追い詰める『自称ファン』達に怒りを爆発させたのだった。

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 生徒会の拡声器を奪い取って罵詈雑言ばりぞうごんを投げつける『スノボの王子様』にある者は興奮し、またある者は可愛さ余って憎さ百倍。

 興奮と熱狂に怒りと偏愛へんあいに満ちた『自称ファン』が、怒りと拒絶の言葉を吐いた仏像を追って突進する。


〔多〕『ゴー君、こっちだ』
 様子をうかがっていた多良橋たらはしが仏像を一並ひとなみ高校との非常用通路へと誘導していると、突如として側溝そっこう沿いに逃げる二人の後ろから何十人分もの悲鳴が上がる。

 反射的に振り向きかける仏像。
〔多〕『振り向くな!』
 多良橋たらはしは仏像の手を強く引いて、非常用通路へと駆け込んだ――。

~~~

〔仏〕「屋外おくがいかつ女性ばかりだった事が幸いして、死者重傷者こそいませんでした。ですが将棋倒しによるケガ人は三十人を超え、一並ひとなみ学園の管理体制も厳しく問われてニュースに」
 あの頃俺は青かった、と言うと仏像はカモミールティーに口を付けた。

〔仏〕「多良橋たらはし先生はあの文化祭の時も、家がバレた時も僕に手を差し伸べてくれました。だから今でも、僕は多良橋たらはし先生にはついつい甘えてしまうんです。これ、先生には内緒ですよ」

 愛おしそうにカモミールティーのカップをくるんだ仏像は、ふふっと小さな笑みをこぼした。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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