『落研ファイブっ』第二ピリオド(2)「そうだ、群馬行こう」
仏像の父が【ざるうどんしこしこ@日吉大経済卒】を名乗るようになってから三日目の早朝――。
「フレンチトースト目覚ましについにギブアップですか」
「松尾、本当に済まん。このままだと家庭内暴力を起こしかねん。朝四時にフレンチトーストで起こすのはやめろと言ったら、朝五時にフレンチトーストを」
そう言う事じゃねえんだよと、仏像は運河沿いの公園で肩を落とす。
「うちに来るのは大丈夫。ですが、僕は朝練をするので何もお構いできませんよ」
「もちろん大丈夫だ。図書館が開くまで匿ってくれるだけでいい」
松尾は軽くうなずくと、肩を落とす仏像を連れてマンションのエントランスをくぐった。
かくして仏像が松尾の部屋で現代文の問題集を解いていると――。
ノックの音もなく、タンクトップ一枚にホットパンツ姿でノーメイクの千景が出し抜けに顔を出した。
「へっ、千景先生いたんですか」
「えっ、政木君?!」
今の忘れてと叫びながら、千景はバタンとドアを閉めた。
「済みません。休みの日は昼まで爆睡してるから大丈夫だと思ったのに」
千景と入れ違いに自室に戻ってきた松尾が平謝りする。
「良いって。俺が朝早くから無理言っただけだし。図書館行くわ」
「まだ七時過ぎです。図書館が開くまでにはまだ時間があるじゃないですか」
「でも、独身女性のおくつろぎ空間を乱すわけには」
いそいそと問題集をカバンにしまう仏像をほったらかしにして、松尾は再び部屋を出て行った。
※※※
「松尾ちゃん、一言声を掛けてくれれば」
休日用メイクにロングワンピース姿で現れた千景に、仏像は小さくなって謝った。
「政木君がうちに来るのに文句はないわ。ただ、余所行きになるにはそれなりの時間が必要なのよ」
「一時間以上待たされる時もあります」
「そうなんですか。さっきの千景先生と今と、そんなに変わらないと思うけど」
仏像の発言に、松尾がぎょっとしながら千景を伺った。
「ちょっ、それは『女性を怒らせる地雷ワード(僕調べ)』の殿堂入りなのですが」
「待って、だって。千景さんは素顔のままでも十分ふつくしいではアリマセンカ。あのですね、泉涌寺の楊貴妃観音って分かります?」
〔千〕「政木君って、王子様キャラっぽいけど実はモテないでしょ」
千景がスムージーをチューっと吸い上げながら、地雷原に火炎放射器をぶっ放す仏像を見た。
無礼に無礼を重ねたにもかかわらず、千景宅(松尾下宿)への避難を許された仏像。
再び防音室に向かう松尾の背を見送ると、千景は仏像にカモミールティーを差し出した。
「なるほど、お父様がロングバケーションに入ったのね。外資系金融機関にお勤めでしたっけ」
「ええ、まあそんな感じです」
確かにお勤め『でした』よと思いながら、仏像はうなずいた。
「夏休み中朝四時に起こされてフレンチトーストは確かに過酷よね。ロングバケーションなら、お父様はどこかに旅行に行かないのかしら」
「行くなら絶対僕と一緒が良いと言い張るんです。僕は受験勉強もあるし、他にも学びたいこともあるし。それにあの父のペースに振り回されるとひどく消耗するんです」
起床時からのやり取りを思い起こした仏像は、改めてげっそりとした顔でうつむく。
「ビーチサッカーの練習だって言って図書館に行くとか」
「それが、先手を打たれて」
「多良橋先生とお父様にホットラインが出来ちゃったのね」
千景は難しい顔で手元のスマホをひとしきり操ると、ぱっと顔を上げた。
「そうだ。お盆は松尾ちゃんと一緒に群馬に行きましょ」
「えっ、群馬?」
千景からの突然の提案に、仏像はぽかんと口を開けた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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