『落研ファイブっ』(70)「逃避行の終わり」
〈木曜日一限中 一並高校会議室〉
会議室の面々の視線が松尾に集中する中、松尾はシャモが大パニックに陥った核心部分をやんわりと告げた。
〔餌〕「発情期の猫かっ」
思わずぶぶーっと吹き出した餌の太ももを、仏像がぱしっと軽くたたく。
〔桑〕「避妊具を確認した所、確かに三つ減っていたとね。どうしたものでしょう」
眉根を寄せて多良橋を見る桑原に、多良橋は明らかに小さくなっている。
時計の秒針がいやに大きく響く中、沈黙に耐えかねたように仏像が重い口を開いた。
〔仏〕「岐部君が雑誌『ゆんゆん』のバックナンバーのうちふせんをつけたページを、三元君が僕に送って来ました」
出し抜けに名前を出された三元が、ぎょっとした表情で仏像を見る。
〔仏〕「ふせんを付けたページの情報および本日早朝には家にいなかった事を考えると、これらの検索ワードで検索上位に表示されたサイトの中にヒントがあるように思います。例えばこちら」
仏像が自分のスマホで表示した検索結果を見て、多良橋がいやいやこれはさすがにないだろうと顔を天井に向けた。
〔桑〕「その位切羽詰まった事情が」
〔仏〕「警察だけに伝えている情報があるのかもしれません」
桑原が頭を抱えていると、餌が『返事来たっ』と声を上げた。
〔餌〕『しほりは、今度の土曜日に一家で美濃屋に浴衣を作りに行くんだってはしゃいでる。ママがかーくんをすごい気に入ってくれて、パパもかーくんをお婿さんにしたいねって言ってくれたの(ハート)だと。馬鹿じゃね』
餌は加奈から来た返答を大声で読み上げた。
〔仏〕「一家総出で外堀埋めに来てた」
〔三〕「本人の記憶のない所で既成事実作られて、週末には両家顔合わせね」
〔多〕「身から出た錆とは言え」
〔桑〕「そりゃ覚えていようがなかろうが、責任取りなさい。どうせ僕らより金持ちなんだし、四国あたりにでもお遍路がてら逃亡したんじゃないの」
呆れながら席を立った桑原は、皆ありがとう文句は戻って来た岐部君にねと言うと、時間返せよとつぶやきながら会議室を出た。
〈木曜日昼休み 一並高校給水タンク裏〉
会議室を出て午前の授業を受け終えてなお、シャモの行方は知れぬままである。
落研メンバーはたまり場である給水タンク裏に集合し、話し合いをすることとなった。
〔三〕「仏像の読みが正しければ、阿弥陀如来の霊場に行ってる頃だろ。どこだっけ」
〔仏〕「今治」
〔三〕「行けるか」
〔仏〕「飛行機を使えばあり得る」
仏像は乗り換えアプリを三元に見せたものの、餌は疑念に満ちた表情である。
〔餌〕「それだけハッキリ目的があるなら、学校に連絡を入れてから動くのがシャモさんだって」
〔松〕「かなり混乱してるんでしょう。だって記憶の無いうちにお嬢様をかどわかして両家顔合わせ」
松尾はコロッケパンをミルクコーヒーで押し流しつつ、仏像のスマホをちらりと見る。
〔餌〕「つくづくバカですねとしか言いようがないけど、もし本当に『ゆんゆん』案件だったら、ロックオンされた時点で避けようがありません」
ある種元凶のはずの餌はまるで他人事のように笑った。
〈木曜日 午後一時 広島駅新幹線口〉
〔サ〕「本物のみのちゃんねるさんじゃ。バチ(とっても)スゴイ」
サンフルーツ広島のレプリカユニに身を包んだ大学生風の男子が、スマホで自分のアカウントを見せながらシャモにあいさつをした。
岐阜羽島付近から終点の広島まで『マジ寝』体制のまま運ばれたシャモが、駅近くのネットカフェからフォロワーにDMを送った所一本釣りに成功した『サンフルーツ優勝』さんである。
〔シ〕「車出してもらって本当に大丈夫」
〔サ〕「ええよ。中古で買うた奴じゃけえ、しわいかも知れんけど」
〔シ〕「しわいって」
〔サ〕「つかれるかも知れんけど」
サンフルーツ優勝さんは、まあついて来んさいや(ついて来て)と言いながら足取りも軽く駐車場へと向かった。
〔サ〕「で、どこに行きゃいいんかね」
〔シ〕「ここに行きたいの。車じゃないと無理らしくて」
スマホを見せると、サンフルーツ優勝さんは首を横に振った。
〔サ〕「そりゃ無理じゃ。手前の道ががけ崩れで通行止めじゃけえ」
シャモはがっくりと肩を落とした。
〔サ〕「そもそも何でここがええんかね」
〔シ〕「お祓いがしたいんだよ。とびきり強力な奴。出来れば生霊祓いで女関係」
〔サ〕「やれんのう。その若さで水子かいな」
まだ十八歳になったばかりじゃないんかねと、サンフルーツ優勝は眉をひそめる。
〔シ〕「水子じゃないってば今の所。でも恐ろしい勢いで包囲網が敷かれつつある」
〔サ〕「何でわざわざ広島に来たんかいな。鎌倉に縁切寺があったじゃろう。さすがみのちゃんねるさんじゃ、笑わせるわ」
〔シ〕「何で広島に来たんだか、良く分らないんだよそれが」
操られるように広島にたどりついた挙句、駅前近くのネットカフェで調べたお祓いスポットに行けなくなったシャモに、サンフルーツ優勝さんは助け船を出した。
〔鯉〕「知る人ぞ知るすごい婆さんがおるんじゃ。金は要らん。その代わりに会えるかどうかは婆さんの気分一つじゃ。予約も取らん出たとこ勝負じゃが。行くか」
〔シ〕「マジでっ。連れて行ってお願い。すごい緊急案件なの土曜までには解決したい」
必死の形相で頼み込むシャモに苦笑すると、サンフルーツ優勝さんは車のロックを外した。
〈木曜日午後三時 広島県北部某所〉
深い山間の崩れ落ちそうな平屋に、件の人物はいた。
〔比婆〕「あー、もう分かった上がらんでもええ」
玄関先であいさつをしようとしたシャモを見るなり、比婆さんと言う名の老婆はしっしとシャモを追い払った。
〔比婆〕「あんた大層ええご縁を結んでもろうたな。流れのままに委ねんさい。一太郎二姫、共に白髪が抜けるまで夫婦円満一家平安一族繁栄。何も心配すな。ええから帰れ」
〔シ〕「えええええっ。俺何も知らないままに」
〔比婆〕「聞くまでもない。全ては白蛇姫様の有難い沙汰じゃ。伏して受け取られませい」
くわばらくわばらと早口で言いながらぴしゃりと戸を閉めて鍵を掛けた比婆さんの姿からは、とても言葉通りの状況なのだとは思えない。
〔サ〕「えかったのう。比婆ゴンは絶対に嘘やら丸めた事は言わんけえな」
釈然としない面持ちで車に戻るシャモに、窓を開けた比婆さんが叫んだ。
〔比婆〕「岐部漢太君、すぐに母あに連絡を取りんさい。母あも学校も警察もあんたを探しとらあ」
〔シ〕「警察?!」
サンフルーツ優勝さんにも本名は名乗っていないのに、フルネームで呼ばれたシャモは思わず息を飲んだ。
〔サ〕「ワシのスマホを使いんさい。比婆ゴンの言う事は本当に当たるけえ」
シャモはマジでごめんねありがとうと言いながら、自宅の電話番号を押した。
〈木曜日放課後〉
〔桑〕「無事で何よりでした。最終便の飛行機で帰宅するのですね。分かりました。わざわざご連絡ありがとうございます」
受話器を置くと、桑原は深いため息をついて机に突っ伏した。
〔桑〕「広島の山奥で、ヒバゴンに会って来たそうです」
〔多〕「ヒバゴン?! 本当にいたの」
多良橋が幼少の頃の教育雑誌に載っていたUMAの名前を数十年ぶりに聞いて、多良橋はほっとしつつも思わず爆笑した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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