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『落研ファイブっ』第二ピリオド(7‐3)「三回目の世界(下)」

 仏像と松尾が枕を並べて『三回目の世界』について語り合っている頃――。

 新香町しんこちょう商店街名物の夏祭りが数年ぶりに復活するとあって、歩行者天国になった商店街には子供から老人まで人の波が出来ていた。

「よっしゃあと一枚で完売」
 和装とおしゃれ小物の店『新香町美濃屋しんこちょうみのや』の四代目として店先に立つシャモは、うどん粉病Tシャツの余りを財布のひもが緩(ゆる)くなった客に売りつけている。


「あああっ、それ探してたの。五郎君のTシャツの色違いだあっ」
 シャモが最後まで売れ残った深緑色のうどん粉病Tシャツを手にしていると、やたらとテンションの高い声が背後から響いた。

「五郎君。ああ、息子さんの。大きくなったでしょ」

「そうなんだけど反抗期でね。朝ごはんのフレンチトーストは食べないし、僕と大山おおやまに行くのも嫌がっちゃって、群馬のお友達の所に家出しちゃったお」

政木まさき先輩は息子さんを構いすぎなんですよ。息子さんはもう高校生でしょ」

「だってダディらしいことを全然してやれなかったから、埋め合わせをしたくって。お兄さん、それ欲しいんですけどおいくら万円なりか」

 油切れのロボットのごとくぎぎぎと声の主に振り向くと、仏像に似たイケ渋オジがすっかり出来上がった笑顔で一万円札を差し出していた。

※※※

『なあ仏像。お前の父ちゃんって外資系投資会社がいしけいとうしがいしゃのお偉いさんだよな』
 仏像のスマホ越しに、シャモのせかせかした話声が松尾にも届く。

「それがどうした」
 ちょっと前まではそうだったんだけどと思いながら、仏像は話をうながした。

『五郎君のTシャツだって言いながら、うどん粉病Tシャツの最後の一枚をお買い上げ。それから、五郎君とおそろいってルンルンしながら甚平じんべえを二つ買っていったぞ』

「げっ。何で美濃屋そこに行った。矮星わいせいからシャモの事を聞いたのか」

『多分違う。だってあのテンションの高さなら、俺と仏像が知り合いって分かってたら絡みまくってきたはずだもん』

「済まねえ。うちの父親、久しぶりのロングバケーションにすっかり浮かれちまって」
 仏像は深くため息をつくと、ちらりと松尾を見た。

『後輩らしき人が一緒だったから大丈夫だと思うけど、かなりなテンションだぞ。近所のガキと変わらないクラスのはしゃぎぶりだ』

「本当に済まん。麻酔銃(ますいじゅう)を打って保護してくれと言いたいところだが。あの人ローテンションが限界突破するとハイテンションモードに突入するんだよ」

 仏像がうなだれつつ電話を切ると、果たしてハイテンションな父親からのハイテンションなメッセージが届いていた。

【五郎君。今日はピーマン研究会の後輩と久しぶりにお祭りに行ったお。五郎君とおそろいTシャツに甚平(じんべえ)ゲットだぜ(^_-)-☆ これから藤崎さん一家と合流して、もっとお祭りエンジョイするお。来年は五郎君と一緒に来るんだお】

「藤崎さんってまさか。いやさすがにそれは」
 仏像はこれ以上俺の人間関係に父親がずかずか入り込んでくるのはごめんだと言いながら、スマホを枕もとに置いた。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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