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これからは「教える」だけでなく「盗んでいただく」ことが必要なのかもしれない

長らく自分は「丁寧に教える」派だったんですが、「丁寧に教えてもいいが最終的には盗んでいただく」派に鞍替えしようかと思っています。

医療業界に限らず(というかだいぶ後発ですが)、製造業から端を発したQC(Quality Control)という考え方で、頻出トップ10に絶対に入るであろうワード、それは「標準化」です。

標準化とは、一定の品質の医療やサービスを誰でもいつでも継続して提供できるようにすることです。標準化するために一般的に用いられている方法は、マニュアルや手順です。そして、マニュアルや手順を元にして実施される教育です。

医療・サービスの質を維持・向上していく上で、標準化は必須です。なぜならルールや手順、マニュアルがないと、それぞれ違う方法で作業をすることになり、患者さんに提供される医療・サービスの質にばらつきがでます。あのスタッフがやったことと、このスタッフがやったことに差が出るということは効率が悪くなりますし、安全性にも差が出ます。すべての人に安全な医療を提供し続けることができなくなります。

また、一定のやり方をしていないと、もっと良い方法を探して向上させることもできません。何が課題で、何が改善できることなのかを探し出すことができません。そして、その標準化された方法を教育することで、新人からベテランまで、誰に教わったとしても同じことができるようになります。

近年医療業界でも標準化が見直されて、多くの病院で標準化とそれに伴う教育が行われています。自分もそれを推進しているひとりです。そのような流れになることで医療業界が患者さんに提供する医療の質が、すこしずつだけど向上しているような気もしています。

ただし。

これだけでは不十分で、現場はうまくまわらんのですわ。

教える、だけではカバーしきれない部分があることも、また事実です。標準化された方法をただ教育していれば、患者さんが満足できる、安心できる医療になるかと言われればそうではないのです。

昔ながらの職人のように、背中を見せて、やっているところを見せて、盗んでもらうことでしかできない領域があるような気がします。

例えば、患者さんの腕に針をさして、ルートをとる方法は標準化できます。この物品を用意して、消毒をして、駆血して、針を刺して、逆血があることを確認して、固定して、ラインを繋げて…

しかし、この一連の流れでマニュアルに表すことができないことがたくさんあります。患者さんにルートをとることをどうやって伝えるか。その時のアイコンタクトはどうするか。どのような雰囲気で声をかけるか。どの血管に刺せば痛みなくルートがとりやすいか。直前、緊張ほぐすためにどうやって声かけするか。血管の硬さから痛みが少ない角度はどのくらいか。患者さんの認知機能から固定の方法はどのようにすれば抜針のリスクが低減するか、「絶対に一発で決めろ」という患者さんへの対応はどうするのか…

看護師ではない、ただの元臨床工学技士が想像するけでマニュアルには落とし込むことができない、状況に応じた姿勢、態度、感覚、技術がこれだけあります。医療者の皆さんが一番ご存じだと思いますが、ある一定の作業というレベルは標準化することが可能ですが、それ以降、患者さんにどう受け止めてほしいか、患者さんの経験をどうデザインしていくかという技術は、標準化したり、教育することは極めて難しいのです。

このような技術はマニュアルや手順など明文化して標準化することが難しい…となると、教育する方法は「教える」か「盗ませる」しかありません。ただ、「教える」では教育される側はいつの時も受け身です。言語化することが難しいような技術は、受け身の姿勢での習得は難しいものです。なので、「盗ませる」否、現在の流れから言うと「盗んでいただく」という自分から動けるような働きかけが必要なのではと最近は感じています。

マニュアルや手順によって標準化すること、そしてそれを教育していくことは、患者さんにある一定の質の良い医療を提供し続け、さらに改善していく上で非常に重要です。しかし、それを用意したうえで本当に患者さんのことを考えた時に必要になる技術、感覚、姿勢、態度は、「盗んでいただく」という、教える側の態度は必要なのかもしれません。

逆に言うと、新年度新たな職場に入職する新人の方(教えられる側)は「盗めるものは盗む」という姿勢があると、同期よりも一歩先に行けるかもしれません。受け身ではなく、能動的な人は貴重な人材です。

そうなると、教える側も「盗んでいただく」ものを持っている人間でないとこれからは難しい時代かと思います。

新年度、新人の方を受け入れる皆さん。あなたの中に「盗ませたいもの」はありますか?患者さんを喜ばせるために、実践しているけど標準化できない技術、感覚、姿勢、態度はありますか?

そんな自問自答しながら、自分の目の前の新人に粛々とコツコツと向き合っていきましょう。自分も標準化と患者経験の向上に向かって新年度も頑張ります。

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