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街は劇場

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日々すれ違う名も知らぬ皆にツッコんだりグッときたり
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ビタミン

お世話になっている方のお祝いにフラワーアレンジメントを買った。 なんてことのない店で買ったのだが会計をしてくれた女子は感じがよかった。 花を整えラッピングしてくれた初老の男性は渡してくれながら言った。 「ありがとう。いってらっしゃい」 歩き出してからも耳に胸に残った。 その一言が。 コンビニで海外の方? でも日本語の流暢な方が、言っていた。 会話の内容は聞いていないが、 店員さんがなにかを間違い、 それ咎めるのではないが、和ますために言ったような一言だったみたい。

狸の豆腐

豆腐屋の話をする。 通い出したきっかけはミーハー極まりない。 某江戸戯作者の名を商品名とした豆腐などがあると知ったからだ。 若くないけれど若者が来るのが珍しいのか。 御店主に覚えられて、たまにオマケもいただく。 御店主は顔付きも手付きも「The 職人」だ。 狸的な雰囲気を感じたりもする。 悪い意味での狸じゃない。 見た目がとかでもない。 なんというか長年生きてる狸みたいな。 『平成狸合戦ぽんぽこ』の長老狸的なね。 飄々としているのだけれど、 その手や皺や顔とかが、ああ、職

信号

夜のロードサイドにぼんやり光るそこにはあたたかみがある。 けれどどこかしんとした怖さや寒さのようなものも感じるのはわたしだけかな。 人が思い思いの買い物目的で寄る場所、人工的な灯りと機械的な雰囲気、 でも人が居る24時間ずっとあいているその場所に。 しばらく臥せっている間に、 以前書いた改装中にもロゴが光っていてたコンビニが再開していた。 日曜の夜、すこし歩いて行くと青白い灯りに吸い寄せられるように人が入っていくのが見えた。 水槽みたい。 と、ぼんやり思ったのは赤

リング

先月だったか先々月だったかは忘れたが、 プロレスの地方会場でのビッグマッチを配信で観ていたときのこと。 とある試合でずっと叫んでいる子供が居た。 「●●―!」「がんばれー!」 甲高い声で必死に応援の声をあげている。試合中ずっと。 声援を向けられているのは、悪役レスラーで、 彼がシングルマッチで闘っているのは、目下、団体が売り出し中(?)のイケメンだった。 ワルな彼は無法ファイトでめちゃくちゃやっている。 一方、相手の彼は毎回客席から登場し、 お子様客を見つけるとリストバンドな

歩く

誰か、いや、皆の言葉や生き方に興味がある。 興味があるってなんか上からかな、やな、違うな嫌やな、どう言うたらええやろ。 でもそんなことを、 その土地を歩いてそこに住んでる生きてるひとに会うて半生だとか人生だとかを 「へぇ~」とか「そうなんやあ」とかって訊くテレビ番組を観ることなく観ていて、ふと思った。 ほんと、なんてことないようなやつ。 鶴瓶師匠とか円広志とかますだおかだのますだとかが街を歩いて誰かに会って話したりツッコミ入れたりするやつ。 え、関東なら高田純次が歩いてる

十八番

普段なら素通りだ。 でも足をとめた。 鶴橋駅のあのガード下の雰囲気のせいかな。 芸や生きることをぼんやり考えながらの嬉しい帰り道の日だったからかな。 スタンドマイクの下にさっきまで呑んでおられたのであろうロング缶が数本並んでいたのを見たからかもしれない。 「なにが人気? 得意ですか?」 「お! いいですか!?」 歌い出し歌い上げてくれたのは尾崎豊の『Forget-me-not』だった。 ちゃんと聴いた。 聴き終わり、口から出た、出した。 「それイマイチやわ。キモ

雪女

「寒いな」 地方のバス停のベンチで さっきからちらちらとこちらを見ていた年配の女性が言った。 目を合わすと、待っていたかのように声をかけてきた。 「寒いですね」 「なあ」 夏木マリに更にプラス10歳くらい歳を重ねて 前傾姿勢にしたようなそのひとは、まだ話したそうな様子、話してくる。 バスはまだまだ来ない。 「あと6分くらいあるで」 「ほんまに。寒いですね」 かくして話す。 「雨、降らへんからまだましやな」 「あ、降らへんねや。ちょっと空あやしいです

あれ、幻やったんかなあ、と今でも思う。 いや、幻やない。 何日か、いや、何日も前の話だ。 「すみません。このへんに風呂ないっすか」 コインランドリーにしばしば行く。 家に洗濯機がない訳じゃない。 洗濯が嫌いじゃないむしろ好きなわたしは、 時に手当たり次第なんでもかんでも全部まるごと洗いたくなる時がある。 着るものだけじゃなくなんでもおっきなものとかを がーっと洗ってざーっと乾かして「ぼーっ」する時間を尊く思う。 これも、数日前に書いた仕事の合間の「逃亡」の場合が多いん

paradiso

ドアを開けてすぐに綺麗なパンたちの並びに目を奪われた。 しばし見とれてしまい「はっ」として目を上げると レジ前でシェフと常連さんが話してる。 おかしな話だが、シェフの顔とその手が目に入った瞬間にもう満足をした。 「どうぞ。大丈夫ですよ」 いらっしゃいませ、じゃない。 あきらかに初めての客に対して笑みを、それも満面の笑みじゃない、 〝職人〟の顔を残したままの笑みを浮かべ、奥の席に手招きをくれる。 その手を見て勝手に思った。もう、この時点で満足だ、と。 「パン屋のイートイン」なん

その日のおにぎり

快速電車のボックス席でお弁当を食べている人を見た。 乗り込んだ瞬間目に入った。 ちょうど食べ終わったところのようで ランチクロスというか大きなハンカチというかアレでお弁当箱を包み直しているところだった。 「!」 彼とは離れた席に座ってもう一度 「?!」 電車を降りて目的地まで市バスに乗った。 途中のバス停から女子高生2人がわいわいと乗ってきた。 うちの1人はコンビニのホットドッグを齧りながらだった。 パキッとするケチャップとマスタードを追加でかけながら齧りながら喋ってた。

駄菓子

仕事中に逃亡した。 近所のコンビニにである。 さっきのことだが毎回のことだ。 ちょっと行き詰まったり、 というと大ごとのようだが全くもってそうではない。 書いててスッと言葉出てけぇへんなー、 これちょっとなんか体からスッと出てへん感じやなー、 そのままごまかして書いてもええねんけど、 そうすることも少なくはないんやけど (そうせなあかんことや仕事も残念ながら少なくはないねんけど) それはそれがなんか嫌やなーそれは、みたいな時は、 歩いたり、 コンビニという雑多な場所でいろいろ

新 葉隠

駅のホームを歩いていたら斬られた。 正確に言うと違う。 斬られてない。 目の前に木刀が振り下ろされたから「はっ」となった。 一瞬のことだった。 「!」 ぼぉっとしながら歩いていたから 突然目に入った切っ先に思わず刀の方を見ると まず刀の主ではないお連れさんがびっくり顔で「Wow」って言って 刀の主は「Oh」って正気になった。 わたしは笑ってお連れさんの方に「うんうん大丈夫」っていうジェスチャーをして皆笑って別れたのだけれど、やっぱり危ない。 お土産屋さんとかも注意

駅と日々

「いいの?」 「全然!次で降りるから! どうぞ!(笑)」 「じゃあ次まで座ってよ! ね?」 「全然! 全然だいじょーぶやから! どうぞどうぞ」 昨日夕方、ご婦人2人に席を譲って、スマートに格好良く言ったつもり。 一緒にふふふと笑い合う。 でも言ってから気付いたわたしが降りるのは次の次の駅だった。 降りないわたしを「え? ごめんね? 」みたいにちらちらと見て下さる。 「あ、すみません、次の次やった(笑)」 また気付いた。ちゃうやん次の次の次やんぼけてるわわし。 また見て下さる。

「お待ちどぉさん」の極意

食べる前からもう気持ちよかった。あったかかった、 「いらっしゃいませ!」 暖簾をくぐるとまっさきに迎えに出て下さる御店主であろう年配の男性の、 うるさくなく嘘くさくなく爽やかなのに押しつけな爽やかさじゃない上品で清潔な色と大きさの声と、その声にしっくりぴったりな笑顔。 席に通されると、若いひとがお手拭きと一緒に運んでくれるのは2種類。 お水と、程よいあったかさのほうじ茶。わあ! その日は夜と夕方のあいだくらいの時間なのにちいさな店内は程よく賑わっていて、客の顔ぶれはさまざま。