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『ゆるキャン△』のキャラたちは何と戦っているのか?

『ゆるキャン△』は大きく2筋のプロットから構成されている。意外に思うだろうが、メインプロットで描かれるテーマは「戦い」だ。女子高生がゆる~くアウトドア活動を楽しむこの作品で、彼女たちはいったい何と戦っているのだろうか?


『ゆるキャン△』をより楽しむために

人気アニメ『ゆるキャン△』(私は原作マンガは読んでいない)についてはみなさんよくご存じで説明不要と思う。2024年4月現在、シーズン3のアニメシリーズを放映中だ。
例によって、『SAVE THE CATの法則』(フィルムアート社)を参考に『ゆるキャン△』の構成を分析する思考遊戯をやってみたい。

TVアニメ『ゆるキャン△』 公式サイトより

『SAVE THE CATの法則』の概要は下記エントリーをご参照いただきたい。くり返しのお断りとなるが、『ゆるキャン△』が連載マンガを原作とするシリーズ物のアニメ作品であり、映画とは異なる構成や表現が用いられることは承知している。あくまでも、『ゆるキャン△』を楽しむ1つの視点を提供するのがこのエントリーの目的だ。

まずはサブプロットから

わかりやすいサブプロットからいこう。『SAVE THE CATの法則』によると、あらゆる作品は全10種類のジャンルのどれかに分類されるそうだが、『ゆるキャン△』のサブプロットは「バディとの友情」で構成されている。
これは文字どおり、主人公とその相棒(バディ)が織りなす物語だ。

同じバディでも男同士(82、『48時間』)、女同士(91、『テルマ&ルイーズ』)、魚同士(03、『ファインディング・ニモ』)といろいろあるが、いずれもヒットするのは〈僕と親友〉のストーリーには誰でも共感するからだ。原始人だって(もちろんその相棒も!)理解できるストーリーなのだから。

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』株式会社フィルムアート社より

当然、『ゆるキャン△』ではなでしこしまりんのストーリーだが、気になるのはどちらが主人公で、どちらがバディなのだろう?
私は当初、明るく快活で一般的な好感度が高いなでしこが主人公だろうと考えていたが、『SAVE THE CATの法則』では次のように説明されている。

バディのストーリーによくあるパターンを挙げてみよう。たとえば『レインマン』の場合、トム・クルーズとダスティン・ホフマンのうち、変化するのはトム・クルーズ演じる主人公だ。ダスティン・ホフマンのほうは、主人公が変化するきっかけを与える役回りであり、本人は変化したとしてもほんのわずかだ。どちらが変化するかは、〈誰のストーリーなのか?〉によって決まる。

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』株式会社フィルムアート社より

つまり、「バディとの友情」作品では、物語を通して大きく変化するのが主人公で、その変化をうながすのがバディだ。となれば答えは明白で、『ゆるキャン△』(特にアニメのシーズン1)のストーリーで、変化したのはしまりん、その変化はなでしことの出会いがきっかけだった。つまり主人公はしまりんだ。

変化する前のしまりん(アニメ・シーズン1 第2話より)

アニメ・シーズン3の第1話で登場したしまりんのセリフ、

「なでしこ、次どこ行こうか」

は、二人の友情が完成された状態にある(つまり、主人公のしまりんは変化しきった)ことを表現していると思う。『ゆるキャン△』の世界観の中で、二人の友情が壊れる展開は考えられないので、サブプロット「バディとの友情」ストーリーは本作品中では完結しており、今後、大きな展開は起きないとみるのが妥当だろう。

メインプロットのキーワードは「平凡な奴」

さて、『ゆるキャン△』のメインプロットだが、ここはいつも通り「異論は認める」が、私のみるところ、作品ジャンルは「難題に直面した平凡な奴」となる。

このジャンルの定義はこうだ。〈どこにでもいそうな奴が、とんでもない状況に巻き込まれる〉。つまり、自分に起こりうると観客が思うストーリーの一つなのだ。観客はたいてい自分が普通の人間だと思っている。だから同じように普通の人間である主人公がそんな状況に追い込まれると、ついつい同情してしまう。

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』株式会社フィルムアート社より

このジャンルの有名作品には『ダイ・ハード』、『ターミネーター』、『タイタニック』、『シンドラーのリスト』などがあり、肝となるのは、

  • 主人公たちは視聴者が自己同一視しやすい普通の人物(=平凡な奴)であること

  • その主人公たちを大問題に巻き込む、巨大な敵や悪の存在

だとされている。

しかし、今回取り上げているのは日常系の『ゆるキャン△』だ。登場人物は確かに平凡な奴かもしれないが、この世界に悪人はいない。だから、大問題も起きない。例えば、

  • キャンプ中に熊や不審者に襲われたり、とか

  • 凍結した路面で転倒して、大怪我で入院したり、とか

  • 軽装で冬キャンプして低体温症や凍傷になったり、とか

こうした大問題は『ゆるキャン△』の世界では起こりえない。起きるのはちょっとした問題であり、だからこそ視聴者は安心してこの作品を堪能できるのだが、そのちょっとした問題や困難に登場人物を巻き込む敵にあたる存在はいて、登場人物たちはその敵と戦っている。その敵とは自然(自然現象)だと私は考える。大自然という表現が適しているかもしれない。

いくつか例をあげよう。アニメ・シーズン1の第1話で、スクーターに乗る前のリンが自転車に重そうなキャンプ道具を載せ、息を弾ませながら坂道を懸命に上っているシーンがある。これがリンが直面している困難であり、その敵は大自然だ。
要するに、リンが戦っているのは坂道という名の地球の重力であり、この戦いはニュートンのせいだ。

アニメ・シーズン1 第1話より

同じくアニメ・シーズン1の第1話で、なでしこが夜のキャンプ場から帰れなくなる。リンにトンネルを抜けて坂を下るだけだと助言されるが、暗くて怖いので無理だと言う。これがなでしこが直面している困難であり、その敵は大自然だ。
要するに、なでしこが戦っているのは暗闇という名の地球の自転であり、この戦いはガリレオのせいだ。

アニメ・シーズン1 第1話より

また、アニメ・シーズン2の第6話では、千明、あおい、恵那の3人が山中湖畔のキャンプ場で寒さのために遭難しそうになる。これが3人が直面している困難であり、その敵は大自然だ。
要するに、千明、あおい、恵那の3人が戦っているのは冬の寒さという名の地球の公転と地軸の傾きであり、この戦いはケプラーのせいだ。

アニメ・シーズン2 第6話より

以上見てきた通り、『ゆるキャン△』はどこにでもいそうな普通の女子高生、つまり平凡な奴が大自然という敵と戦うプロットでストーリーが構成されているのだ。

『ゆるキャン△』はキャンプの計画~準備~実行の出来事をなぞっているだけの単純な話ではない。そこでは、登場人物たちが自然現象(さらに加えると社会現象も)が引き起こす様々な困難に直面し、それを工夫や努力で、時には幸運も加わって乗り越えていく様子が親近感を持って描かれている。

だからこそ、日常系でもありきたりな内容にとどまることなく、視聴者の共感を呼び、強い印象を残す作品でありえるのだと私は思う。

みなさんも『ゆるキャン△』をあらためて振り返り、なでしこやリンはどんな戦いを繰り広げているのか探してみてほしい。これが作品の新たな楽しみ方になることを願っている。


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