見出し画像

小説。 夢、首と欲。可能性の先。

『私には3分以内にやらなければならないことがあった』
 
と、私の心が語りかける。先輩と過ごした時間などあっという間に過ぎた。2人きりの部室。最後の時間。好きだった先輩が目の前にいるのだ。夢が現実になる瞬間がもう少しで訪れようとしている。思えば長い長い道のりだった。
 夢は叶えるものだけど、叶わなくても夢は夢と、どこかの歌詞で聞いた歌詞が頭の中で反芻する。私は、辿り着いたのだ。成し遂げて、その先へ進もうとしているのだ。

______________________________

 コンプレックスが拭えなかった。幼い頃、父が浮気をして離婚し、シングルマザーで育てられた。祖父母というものはずっと1ペアだと思っていた(父方は存在しないと思っていた)。
 思い出すのは、小学生時代に「あっちの方のおじいちゃんに……」みたいな会話を聞いて、うちは他所と違うのだと実感した。その時の気持ちは心に穴が空いたような。例えばものすごい幸福なはずなのに、いつまでも消えないモヤのような。穴の空いたバケツに水を溜めるようなそんな不足感だった。

 それから、私はどこか合理的な人間になった。例えば私は、手に入らないものと手に入るものを分類し、可能性があるかないか、何をすれば手に入るかなど、手順を踏んで物事を考えるようになった。遠くにあるものには手を出さない。そんな人生なのだと無意識の内に考えていた。
そんな時、自分とは違い、好きなものを好きと言い、欲しいものを欲しいと言う、感情で物事を決めて、いつも笑顔な人を好きになった。その人は私立の中学校に通うという話を聞いて、必死で勉強をして後を追いかけた。地頭が悪い私は、死に物狂いで頭に詰め込み、たった2つの目標のためだけに必死で勉強をした。先輩のことを思えばすぐに行動に移すことが出来た。何故なのだろうか。

 かくして、私はその3階建の立派な中学校に入学した。今頃2年生になってるはずの先輩に会うため、夢が叶った瞬間には涙が出るほど嬉しかった。

 制服を着て、新たな生活が始まる。ここから始まるのだ。夢の毎日。1日が本当に充実するものになった。部活紹介。2年生になった先輩は、演劇部に所属していた。その姿に目を奪われた。私は、気がつくと、3階にある視聴覚室に向かい、先輩と同じ学校から来たこと、演劇部に入りたいことを伝えた。同じ学校ということを知った先輩は、快く受け入れてくれて、それからよく、2人で帰るようになった。私はとてつもない幸せを手に入れた。先輩と過ごす時間は、かけがえのないもので、日々が彩り続けている。部活を続けていく上でどうしようもなくなったり1人で悩んだり泣いたりした。そんな時に先輩はよく話を聞いてくれた。迷ったり悩んだりしたときもいつも助けてくれた。2人で共演もした。3階の視聴覚室で公演を行った。2人芝居。先輩と私。もともと人数も少ない部活だから先輩と私1人だけが役者で、あとの2人は照明と音響だった。公演は大成功だった。とても楽しかった。先輩と抱き合って喜んだりした。好きだ。明確に好きだという感情が生まれた。3階の窓から2人で花火を見た。学校祭の日の夜。花火。1つの大きな花を2人で分け合った。私はこの時間を忘れないだろう。

 先輩は3年生になった。最後の秋。先輩は演劇を辞めた。もともと人数も少ない部活はそれだけで活動ができなくなった。私はそれでも先輩と2人で遊んだりした。私達は今までよりも親しくなったと思う。暇さえあればご飯を食べに行ったりプリクラを撮ったりしていた。やがて先輩は遠くへ行ってしまう。そんなことは、わかっている。だからそんな思いを払拭するように私は今この瞬間を楽しんでいた。時間は無常に過ぎていってしまう。忘れない、忘れたくないって。心から思う。時間が進む。進んで進んで。なんだかあっという間に進んでいって。敬語っていう壁がなければ。1学年ズレてなければ。あとは何か?なんだろう?なにか足りないなにかをずっとずっと探してる。何があれば私達は上手くいくのだろう。何があれば私達は2人になれるのだろう。

 3月。卒業。先輩は卒業してしまう。最後の日。先輩は、部室にいるらしい。最後の時。思い出。最後。最後、先輩と2人になりたい。私は先輩に会いにいく。ソファに座っている先輩。思い出を整理していた。私もそれを見る。1年生の私、2年生の先輩が初めて共演したあの日。忘れられない日。紛れもなく先輩のことが大好きになった日。
 先輩は、ふと話し始める。
「あのね、彼氏が出来たんだ。」
時間が止まった。ふと、時間が止まっていることに気がついた。秒針も何も聞こえない。無の時間?なんだろう?これ?
「それでね、私の彼氏がすごい優しい人で良い人なの。本当に。だからさ、今度さ、3人で遊ぼうよ」
きっと、こうなる未来もあったんだろうなぁって思った。心のどこかで最近異様に、先輩が可愛くなったこと。2ヶ月前くらいから、先輩の髪の匂いが変わったこと。持ち物が少し変わっていたこと。今までつけてなかったマフラーをつけていたことも知っていた。だけどどこか、気づかないふりをしていた。頑張って意識しないようにしていた。負けたくなかった。私は何もかも。夢を見ていた。夢の中の私は、私に鮮明に声をかけた。夢だこれは夢なんだ。だからさぁ。もう良いか。

 私はソファに座っている先輩の上に乗って、1にそのすらっとした綺麗な首に手をかけて2で力を入れた。3になると、苦悶の表情を浮かべる先輩に笑顔を向けて、さらに力を強める。私は何か物を手に入れる時に論理的に考える癖があるから、確実にやらなければ手に入らないと思った。もうこれからは何も不足したくない。先輩の力がどんどん抜けていくのがわかる。もう少し。あと少し。もう少し。あと少し。もう少し。あと少し。先輩の腕がガグンと落ちた時、秒針の音がまた聞こえた。秒針は、1秒を正確に刻む。あれ?1秒1秒、時間が経過していく。夢が叶うためのルール。壊れて。1秒1秒1秒1秒。1が続いてゆく。崩れて。2人が1人になって。1秒1秒1秒1秒1秒1秒1秒1秒。流れている。学年とか、先輩後輩とか、そんな風に私たちを縛ってたものから解き放たれたような気がした。もっと人間としての喜びみたいなもの。私はもう少しで先輩と同じ学年になる。永遠にそこで止まってくれる、待っていてくれるのだ。1分経過。窓を開けると涼しい風が吹き込んでくる。忙しない卒業式の日。クラスの時間が終わったら、照明と音響の同期がここに来ることは分かってる。私にはもう夢も欲も寂しさも何もない。ただこの時間が永遠に続いてくれたら良いのにって思うだけだった。止まってくれない時間が私のことも死へと近づけているのがわかる。本当だったら、先輩も私のこと好きだったら良いのにとか、例えばドラえもんがいて、もしもボックスで夢を叶えてくれたりすれば良いのにとか思った。あと、その彼氏っていう存在も、消えてなくなれば良いのにって思った。2分経過。遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。あぁ、もうすぐここに来てしまうのだ。先輩との時間が終わる。この光景を見たらどう思うのだろうか。そんなことを考えながら、入学する時の、もう1つの目標を思い出す。改めて私は先輩に向き合い、その唇にキスをした。ずっと触れたかったその唇に初めて触れた。まだ温かく温もりが残っていた。先輩……。私はね、こんな風に思っていたんだよって、先輩に言い聞かせるように、私はまた唇を合わせた。2分50秒、扉が開いた。ギョッとする顔が私の目に映る。私は最後に、こんな私で幸せだったなぁってほんの少し思いながら、窓に向かう。風が吹いている。私は地球の重力に身を任せ、自然に身を任せて、私の身体が風を切って……





3分経過。






おわり。


*カクヨムの応募用に投稿した小説です。
不条理なものを書きたくて、書きました。
 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?