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自己防衛する私。

「だ、だれ?あの爺さん?」

子どもたちの就寝後、真っ暗な寝室でインスタを見ていた。疲れた目を休めようと、アイフォンから目を離し何気なく前方を見た。窓ガラスには下品な笑みを浮かべた爺さんがいた。
驚きのあまり思わず悲鳴を上げそうになった。

それが窓ガラスに映った己だと気がつく前に心臓が止まらなくて本当にラッキーだった。

どうして見られる準備のできていない真顔の自分はこんなにもブスなのだろう。鏡の前でキメ顔している時はそこそこに見えるのに。
地下鉄の窓、暗転したスマホの画面、油断している素の自分は恐ろしい程老け込んで見える。
その上その日はスッピンだったせいか性別さえよくわからなかった。

自分の醜さから逃れるように、窓ガラスから目をそらし、先程まで見つめていたスマホの画面に目を向ける。

ニヤニヤしながら見つめる先には、名前も知らない美容師と客が写っている。

客「えっと、今日はイメチェンがしたくて、ショートにしたいんですけど〜、おでこがバカでかいので前髪で隠したくて〜」

美容師「うんうん。」

客「前髪あってもちょっとやんちゃな感じで〜」

客の後ろに座り、お客の髪を触りながらショート姿を想像している美容師。

美容師「色はどうします?」

客「えっとできるだけ明るめがいいんですけど〜」

美容師「うんうん」

客「似合えば何でもいいです!〇(美容師)さんにお任せで!!あははは」

美容師「あははは。はい、おまかせで。ショート似合うと思います」

客「ほんとですかあ?」

美容師「前髪もありで全然いけますよ!似合います」

客「えーー嬉しい」

美容師「じゃあ、ここはこんな感じで流れるようにして、前髪も作っていきましょう」

客「はい、お願いします」

美容師「肌がおきれいなので、髪の毛も明るめ似合いますよ」

客「えーーほんとですかあ♥うれしい」

そんなやり取りの末、画面が切り替わり、大変身した客が映し出される。

客「すごーい!!めっっちゃ可愛い♥あ、自分でいっちゃいけないですね。うふふ。ありがとうございます〜。」

なんと劇的で心はずむ動画なんだろう。
笑顔が溢れる客と、それを嬉しそうに見つめる美容師さん。見ているだけでハッピーになる。

私はこの手の動画が好きで暇さえあれば見てしまう。動画の中でも大好物はやっぱり客が同世代で同性の場合である。

美容師「こんな感じの色でどうですか」

同士「すてき〜、でもちょっと明るすぎますかね〜私もう40代なんで〜

美容師「エッ!!40代なんですか?全然見えません!!」

同士「イヤイヤ、もう43なんです〜」

美容師「え〜〜。あーー。びっくりです。あははは。めっちゃ若く見えますよ」

同士「イヤイヤイヤ、全然そんな若くないです〜。でもせっかくなんで、提案してくださった色でお願いします〜」

美容師「はい!絶対似合います」

客「うふふ、嬉しい!!」


アラフォーの同士達が「もう〇〇歳なので」「もうおばさんなんで」「子どもが二十歳なんで」と言う場面。
もちろん美容師からの「そんな歳には見えません!!」を欲しがるセリフなのかもしれないが、そう伝えた時の美容師のリアクションが興味深い。

同士が本当に若く見え驚くケースもあるだろうが、お世辞対応する場合もあるだろう。
それでも美容師達は接客業のプロ。客の「もう40歳なんで〜」と自虐とも取れる発言を聞いたなら、絶対に「若く見えます」と言わなければと思うだろう。(多分)

何度も動画を視聴していると、邪な気持ちが沸き上がってきた。
私が客だったら美容師はどんな反応をするだろうか。
「そんな歳にはみえません」と言ってもらえるのだろうか。それとも、お気遣い満載で「そんな歳に見えません」と言わせてしまうのか。
やってみたい。
ゴミクズのような私にはそんな気持ちが沸き上がってしまった。そしてゴミクズは心の底で「そんな歳に見えない」と言われることを期待していた。

人間には防衛本能として現実を直視しない能力が備わっていると思う。
窓ガラスに映った爺さんの自分を忘れたわけではない。
でも、あれはたまたま見え方が悪かっただけ、心の底ではそう思っている。そう思わなければ私は何故生きていけるのだろうか。
自撮りした自分の顔が堂々と老けて見えても、心の底ではたまたまた写真写りが悪かっただけだと思っている。
何度もしつこく言うが、そうでなければ、どうして生きていけようか。

希望のみを抱き、私は美容院に向かった。(マニュアル車で)

茶色ベースの暖かく落ち着いた印象の店内。
入ってすぐにカウンターで予約を確認、そのままカット台へと案内された。
担当の女性が現れる。私より10歳くらい若いだろうか?30代くらいの優しそうな女性だ。

美容師「今日はご来店ありがとうございます」
丁寧な挨拶から始まり、お決まりのアンケート記入。その後、施術の打ち合わせが始まった。

試合のゴングが鳴った。

美容師「今日はどうしますか?」

私「えっと、あまり考えてこなかったんですけど、1年くらい美容院に来てないので、カットして、白髪も多いのでカラーもお願いしたいです」

美容師「カットとカラーですね〜。どのくらい切りますか?」

ついにこのセリフを言うときが来た。

私「もう40代なんで、短くしたいんですけど・・・」

美容師「そうなんですねー」

思いっきり40代に見えているようだ。

湧き上がる危機感。「そんな年齢には見せません!!」と言わせなければ自信喪失、いんや、死だ。

美容師「まっ子さん、かなり短くても似合うと思います」

私「ほ、ほんとですか?」

美容師「うん、似合います。かっこいい感じがいいと思うんですが」

そう言いながらタブレットでいくつかの髪型を見せてくれる。

こ、この流れは!?まさに動画で定番の会話の流れじゃないか。興奮する私。
第2ラウンドのゴングが聞こえた。
もう一度人生をかける。

私「40代に入ってから髪の毛のボリュームもなくなってきたので、できればそのへんもカバーできる髪型がいいんですが」

美容師「なるほど〜」

薄毛も肯定された。

私は必死だった。

私「あ、あと、子どもが3人いるので髪をケアする時間がないんでセットしなくていい髪型が嬉しいです」

美容師「それなら」とタブレットを操作する

思いっきり子持ちに見えてた。

生きていけるか?私?

私は他人様から見たら、思いっきり40代だし、思いっきり子どもが3人もいるように見えている。その上薄毛と白髪で間違いなく悩んでいる外見。

傷ついた私にはもう試合開始のゴングは聞こえなかった。
その後はひたすら美容師さんの繰り広げる話を聞きながら、適当に相槌を打っていた。そんな最中、驚きの一言が耳に飛び込んできた。

私「ご、50代??」
思わず吹き出した。
周囲に多量のよだれが飛んだ。
「何かの冗談ですよね?」手の甲でよだれを拭きながら鏡越しに30代にしかみえない美容師さんを見つめる。

笑う美容師。
「冗談じゃないんですよ。もう今年50歳になったんですよ」
「孫もいるんですよ」

私「え??孫!!!いや〜、孫だけに、まごまごしちゃいましたよ・・・。びっくりしすぎてコンタクト外れちゃったんですけど。」

あまりの驚きにオヤジギャグとともにコンタクトが飛び出した。

幸いにもコンタクトは目の下に張り付いていた。
大笑いする美容師さんに化粧室へと案内され、トイレでコンタクトを装着。

鏡にうつる自分を凝視した。
明るい美容室のトイレではシミやシワが丸見えだ。どう見ても美容師さんより歳上に見える。
その上、窓ガラスに写っていた爺さんの自分の方がぼやけて見えた分可愛かったかもしれない。

顎にはまだ拭いきれなかったヨダレが光っていた。

人間本当に驚いたときはヨダレくらい出るもんだよな。
インスタの美容師さんたち、誰一人ヨダレなんかたれたなかったし。
あれは全部お世辞だな。
パフォーマンスだよな。
動画に出てくる客も加工で若く見えてるだけかも。
もしかしたら、一般人じゃなくて芸能関係の人かもしれないし。
私に備わっている防衛本能がそう自分に言い聞かせた。

大丈夫。私は生きていける。




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