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イスラエル・パレスチナに行った時のこと1

事実を淡々と書いてみる。
私がイスラエル/パレスチナに行ったのは2019年の2月のこと。
その前年である2018年の4月に、青森県と秋田県にまたがる十和田湖にある、ホテルへと出稼ぎに行った。その時の私は22歳で、どこに住むでもなく、神奈川にある実家と、元々の生まれ故郷である札幌の友人たちの家、そして京都にいる友人たちの家などを転々とするような生活をしていた。17歳から始めた歌は変わらず続けてはいたけれど、これ以上どう活動を進めていけばいいか煮詰まっていて、そんな生活をずっと続けていくこともできないと思っていた。
何か新しいことがしてみたくて、ふと思いついた「リゾートバイト」のサイトを見ているうちに、ここならば行ってみたいと、十和田湖のホテルを見つけたのだった。
行くことを決めてから一週間後、ろくに友人たちに伝えずに、4月の終わりに十和田湖へ向かったのだった。
苫小牧からフェリーで八戸港に着き、そこからバスに乗って2時間ほど、十和田湖の拠点である「休屋」へ到着した。まだまだ寒い4月の終わりは雨が降っていて、肌寒い夕方、雪の名残を感じる薄暗い風景を、ホテルの人が迎えに来てくれた車の中から眺めていた。湖畔沿いを滑っていく頃には、艶やかに光る湖面の表情とその静けさに、すっかり心を奪われていた。
1ヶ月間だけ働くつもりが、すっかり十和田湖に惚れこんだ私は、ホテルのシーズンが終わる11月まで、期間を延長して働いた。
休みの日には、ホテルから支給されたレンタカーに乗って、近隣の図書館を片っ端から巡った。
自分が出稼ぎに出た先の目標が欲しかった。
初めて着実にお金が貯まる環境に身を置けたことで、そのお金でできる何かにしようと思った。兼ねてから外国には行きたいと思っていたから、長く旅に出ることに決めた。どこに行こうか考えた時に、母親の出身地であり、幼い自分が住んでいた、これまで人から外見のことを尋ねられる度に幾度となく口にしてきた四文字、「エジプト」には必ず行こうと決めた。あとは、どうしよう。
そこから私は、図書館を訪れる度に、外国にまつわる書籍の棚を端から端まで漏らさなきゃように目で追って、直感的に閃くタイトルを片っ端から手に取っていった。
ギリシャ、エーゲ、アナトリア、イスラエル、トルコ、イスラム教、キリスト教、エチオピア、シルクロード、etc...
期待と予感に背筋をピンと摘まれながら、子供のようにワクワクしつつも、その向こうにある深遠な世界のあまりの静寂さに恐ろしさも感じつつ、止まることなく本を読み進めていった。
とある本を読んでいたときのこと。
サボってばかりでろくに出席せず、ついには中退した高校時代の、倫理の授業を思い出した。その瞬間までついぞ思い出すことはなかったが、高校時代の一番刺激的な瞬間だった。それは宗教の基礎的な授業で、世界の三大宗教である「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教」に関する内容だった。この時ばかりは先生の発する言葉を一言一句漏らさず、メモを残していた自分がいた。特にキリスト教の話を聞く時には、待っていた何ががついにその姿を見せてくれたような、心の奥底から湧き上がる熱い関心を感じた。
こんなにも惹かれてやまないことを、今日この日まですっかり心に秘めていたことを驚きつつも、イエスの行きた場所であるイスラエルに行くことを、私は即座に決定した。
エジプトは最早おまけになり、イスラエルに行くことが私の1番の目的になった。
様々なキリスト教に纏わる書籍を読み進めるうちに、イエスその人自身に興味があること・あくまで原始のキリスト教に興味があること、が浮き彫りになってきた。

自分なりに研究も続けつつ、無事に十和田湖での仕事は終えた。オフシーズンである2月に、イスラエルのベン・グリオン空港への航空券を買っていた私は、もう少し働きたかったので、長野県の奥志賀高原にあるスキー場のそばのホテルへと働きに向かった。

十和田湖とは打って変わって、山に包まれたそのホテルは、あくまでもリフトに乗らない限りは景色が最悪で、見落としが悪く奥まっており、雪でどこにも行くことのできない上、あまりの激務で、同僚との間では「刑務所」と呼んで笑い合うような環境だった。けれどもその分なのか同僚には恵まれて、どこに行くこともできないので毎晩同僚達とお酒を飲んで楽しんだ。その時に初めて、わいわいと飲むワインの美味しさを知った。
その同僚のうちの1人が、東京の外語大でアラビア語を学んでいた人で、(確か)卒業旅行として、人生で初めて行った外国が「パレスチナ」なのであった。

キリスト教については変わらず勉強を続けていたが、よく目にする「イスラエル・パレスチナ問題」については敢えて触れないようにしていた。現地に行ったら知るタイミングが来るような気がしていて、なんとなくそれに身を任せたかったし、何よりあまり知りたくなかったのかもしれない。
彼も出稼ぎ後に旅に出るために働いていたので、お互いに無邪気に、向かう国のことについて話していた。世間一般の動きから外れて、たった1人で心のままに何かを追い求めているその空気感が心地よかった。
そんな時に彼が放った一言が忘れられない。

「萌奈が悪気を持って言っているわけではないのはわかるけれど、俺にとってあの場所は〈イスラエル〉ではなく〈パレスチナ〉だから」

その言葉の意味を知るのは、もう少し先のこと。


つづく


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