見出し画像

月曜日の図書館 技を引き継ぐ

カウンター業務のかたわら、郷土玩具の本をめくり、エクセルに文字を打ち込んでゆく。玩具の名前と、起源と、ゆかりの場所をリスト化するのだ。この地に伝わる素朴な玩具をこつこつ集め、いつか郷土資料コーナーに展示するのがわたしの夢である。

展示に必要なケースや資材はまだない。いつも年のはじめに「お金がふってわいたら買いたいもの」の照会がきて、毎年応募するのだが、残念ながら実現できていない。お金は大抵「トイレの悪臭除去」とか「崩れた壁の修繕」とか現実的な目的に使われてしまう。

今の時点でわたしが手に入れている郷土玩具:カエルの置物、張子の馬、鷽。

調べていくと、かつてたくさん作られていた土人形は、今ではもう廃絶していることがわかった。伝説になったり、信仰されたりしているさまざまな動物、虫、神さまなどのかわいらしい人形。それらを生み出す術は、永遠に失われてしまった。

最後の土人形師の写真も載っていた。生きていたら絶対弟子になると思った。あんなかわいいものを生み出せるなら、厳しい修行も耐えられる。

和装本のデータをHP上にアップする方法を誰も知らないことが判明する。ステイホーム感の高まりとともに、全国の図書館は貴重な本のデジタル化をこぞって進めている。家にいながらネットで本が閲覧できれば、みんなずいぶんと助かるはずだ。それなのに、誰も知らないって。

前回作業をしたときにいた人間は、もう全員異動してしまっている。聞いたところで記憶はあいまいだろう。「ふってわいたお金」で急いで作業したために、ノウハウをきちんと整理し、書き残す余裕がなかったのだ、ということにしておこう。

仕方がないのでわずかな手がかりを探すことから始めることにする。
手がかり①書類のファイル:脈絡なく複数のファイルが存在し、綴じ方もぐちゃぐちゃでどれが必要な情報なのかわからない。業者に見積もりを依頼したときの書類は使えそう。
手がかり②パソコンのデータ:「和装本データ」と「和装本データ化」フォルダが存在し、しかも両方に膨大な数のファイルが入っている。データをアップロードするときの様式らしきものが見つかったが、微妙に形式の異なるものが複数存在するため、すべて試してみる必要がある。

親方の背中を見て覚えなければいけない技もあるが、背中の片鱗すら見せてくれていないし、そもそもここは修行場ではなく図書館である。

仕事の引き継ぎの程度は個人によるところが大きい。ていねいに説明する人がいる一方、言わなくてもわかる/聞かなくてもできるだろうと思う人も多い。そういうお互いのおかしな過信のもとでこぼれ落ちてしまった仕事が、深い穴のそこから恨み声をあげているのが、わたしには確かに聞こえる。

N本さんは、返納催促の通知を発送する際、郵便局でおまけをもらえる日とその種類まで引き継いでいた。

今からでも土人形を集めることは可能だろうか。前に係長が地場野菜に関する展示をしたときは、その啓蒙活動に感謝の意を評して大根協会の人が大根を持ってきてくれたらしい。あわよくば本当は弟子だった人が現れて、わたしに作り方を教えてくれないだろうか。

そのときには技法をいちいちメモに取り、わからないときは絶対に質問して消化する。

ちゃんと引き継がれなければいけないのは、伝統工芸だけではない。書類の作り方や、時間配分の目安、さらにはどのくらいまでなら失敗やごまかしが許されるのか。秘伝でも何でもない技を、だからこそ絶やしてはならない。

vol.54 了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?