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月曜日の図書館39 Let It Be

館内放送の機械が部分的に壊れてしまい、閉館の音楽が鳴らなくなる。やむを得ず数分おきに「閉館します」と放送を入れるも、利用者の腰は重い。人の声だけで閉館を告げてもいまいち迫力に欠ける。気持ちが乗らないのだ。やはり音楽の力は絶大である。
中学生のとき、掃除の時間になるとなぜか音楽が流れていた。ビートルズのレットイットビーから始まって、最後はクイーンのウィーアーザチャンピオンで終わる。あれは誰の選曲だったのだろう。英語に慣れ親しもうという趣旨だったのだろうか。トイレをブラシでこすったり、体育館の床にモップをかけたりしながら、わたしたちは毎日あるがままに、あるがままに、と洗脳され、最後には何かのチャンピオンになって感動のフィナーレを迎えるのだった。
どちらも思春期の子どもには全く似つかわしくない言葉である。

大学生の子たちが、授業の一環で図書館の仕事を紹介する動画を撮影してくれる。女の子ばかり10人くらいでわらわらやってきて、かしましいことこの上ない。撮影に熱心なのは先生だけである。カウンターで調べ物の相談をするシーンを撮るとき、感染防止のビニールシートが邪魔だからと引っぺがしてしまう。マスコットキャラクターの人形(足が折れてガムテープで補修してある)もいつの間にか片づけてしまう。
撮影の様子をわたしが写真に撮っていたら、見学していた係長が、だべっている学生のすきまからひょっこり顔を出す。臨時休館中に仕事動画を撮ったときも、絶妙のアングルでカメラにおさまっていた。写りこみの天才である。
これは江戸時代、この近辺に隕石が落下したときの様子を記した書物です。カメラ寄る。照明当てる。隕石の周りに集まってにこにこしながら騒いでいる人たちの浮世絵が映し出される。ネットで検索しても出てこない、または見つけにくい情報も、図書館で相談してもらえば、司書がいっしょに探します。なるほど、課題で行き詰まったときなど、とっても心強いですね。はい、カット。
数分の動画のために、結局3時間くらいかかって終了した。何度もダメ出しをくらった(棒読みじゃなくて、もっと自然に!)S村さんはぐったりしていた。写真を係長に見せると「密になってるからこれはボツね」と自分が写っている写真を指差して言った。

感染が拡大して臨時休館をしていたとき、何の気まぐれか、図書館が所属する組織の、館長よりもっと上の偉い人の命令で、各組織ごとに仕事を紹介する動画を作らなくてはいけなくなった。撮影するのもされるのも慣れていないわたしたちは、その仕事にかかりきりになった。動画を作るために出勤しているといっても過言ではなかった。出演したいと言ったくせに何度も言い間違えるK氏にイライラした。できあがった動画を偉い人が気に入らないらしい、いやこれ以上はできない、忖度する/しないに意見が割れて軽い戦争まで勃発した。
これから先どうなってしまうのか、何も分からなくて、誰もが不安だった。そんなとき、紛れこんだ一般人みたいな顔をして係長が写っている写真を見ると、気が抜けてずいぶん楽になったのだった。こんな小さいことで喧嘩している場合じゃない、図書館の仕事もよく知らないおじさんの気まぐれに振り回されるなんてバカらしい、それよりもっと、自分が本当にやりたくて、実際に来てくれるお客さんの役に立つ仕事をやらなくては。すきま時間を見つけて、少しずつデータの整理をし、各種調べ方案内を改訂して見やすくしていった。
自由に出歩けない状況になって、結局図書館に必要とされているのは資料がちゃんとあることと、その資料にアクセスしやすい環境を作ることだということが、身に染みてはっきりしたと思う。おしゃれな空間や、最新の技術や、人と人とのつながり作りは、映えはするけど本質ではない。
館内には職員がWordで作った貼り紙が氾濫し、貸出返却はいまだに手作業、人とのコミュニケーションは最小限にとどめたい我が図書館に、ようやく勝機がめぐってきたのだ。

今こそチャンピオンになるとき。

作った動画は、現在では市のホームページの誰もたどり着けないほど奥深くに埋められている。学生さんが撮ってくれた動画は、冬には公開されるそうだ。

数ヶ月の沈黙を経て、閉館の音楽が再開される。いくつかの候補曲の中から選ばれたのは、やはり蛍の光だ。哀愁ただようアレンジが加えられ、聞けばたちどころに帰りたくなるよう仕組まれている。試運転で朝に流れたときは、開館してないのにもう荷物をまとめて出て行きたくなった。夜の8時、曲が流れはじめると、力に逆らえないようにしてみんな席を立つ。ぐったりしたS村さん。無表情でピースをしているK氏。チンアナゴみたいに自在に飛び出す係長。マスクの下でそっと口ずさみながらわたしは、今まで撮ってきたみんなの写真を退職後に見返したら号泣するだろうな、と思っている。

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