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月曜日の図書館22 丁稚奉公

職場の同僚の結婚式でもらってきた花束がいい具合に乾燥してきた。バラと、ユーカリと、あとは名前が分からない種類がいくつか。束ねて壁に飾る。
生きている花を上手に飾る自信はないが、枯れているそれは放っておいても様になる。ほどよく色あせて、つぼみは一生開くことなく呼吸を停止させ、そのまま部屋の一部と化す。
変わらないものが好き。
世話しなくてもいいものが好き。
式当日は受付を任されていた。名簿に名前を書いてもらう。家族で来た場合も、代表者だけじゃなく、ひとりひとり書いてもらうこと。車代を渡さないといけない人の名前を必ず覚えておくこと。いただいたご祝儀は式の最中、合図をしたらご両親に渡してください。説明をしてくれたおじさんは、顔がバズライトイヤーそっくりだった。始まる5分前になっても来ない人たちが何人もいたので、まだですかね、とわたしに向かって大きな目をぎょろぎょろさせる。花嫁が近くを通ったのでにっこりしたら知らない人だった。3つの結婚式が、同じフロアで、同時に行われるのだった。

部分的に開館する。
顔にはマスクとフェイスシールド、手にはビニル手袋。玄関に立って案内をし始めると、すぐに体温が上がって脳が煮え出す。返す本は、先にポストに入れてください。声がくぐもるので、おばあちゃんにそう言っても、はいはい分かりました、と言いながら列に並ぼうとする。マスクをしてないおじさんが、マスクをしてない子どもを指差して、危険だから入館させるな、と怒鳴る。本をなくして弁償したい、という人がくる。手続きに時間がかかるので、できれば完全に開館してからお越しいただけませんか。でもいつ開くか分かんないでしょ。早く清算したいんだよ。押し問答しているうちに、後ろには長々と列ができる。
頭がくらくらする。ふと館内を見ると、窓のすきまから、T野さんがのぞいているのが見えた。いたずらっ子のようににこにこしている。コロボックルそっくりだ。
結婚式で司会の人は新婦を「分館で修行を積まれた後、現在は中央館に栄転され」と紹介した。全くの間違いではない。ただ実際は、中央館で働いていることと個人の能力とはそんなに関係がない。年季が明ければまた別の分館に異動するだけだ。中央館にいたって、汗で蒸れながら、怒られたり、列の整理だってする。
ハレの場では、物事は微妙に、誰の耳にも心地よいように書き換えられていく。人生が分かりやすくまとめられてしまう。係の人と思しき女性がご祝儀を渡すよう指示してきたので、それに従うと、遅刻してきた人のご祝儀を持って後からやってきたバズライトイヤーが、もう渡しちゃったんですか、と不満そうに言った。

空の高いところに飛行機が見える。のっぴきならない理由で乗っている人がいるのだ、と思った。

散髪に行って、自分もマスクをしてないのに怒ったおじさんの話をしたら、マインドが違いすぎてどうしたらいいか分かんないっすね、と美容師のお兄さんは言った。この前初めてナウシカを観たら面白くてびっくりした、とも言った。頭の下半分を刈り上げてもらい、これからの季節に備える。
前の日、散髪中はマスクを外して顔面をさらすのだ、と気づいて久しぶりに鼻の下の毛を剃った。しょりしょり、と気持ちのいい音をさせて、海坊主の産毛みたいなのがたくさん取れた。

腐海が更に広がったら、毛を剃ることも、口紅を塗ることもなくなるだろう。

ホームページでの開館告知、背景が紫と黄緑色がグラデーションになっており、大変おどろおどろしい。てっきり今の不安な社会を抽象的に表現しているのかと思ったら、となりの公園に咲いているアジサイをイメージしたのだった(黄緑は葉と茎)。事実を知って館内では衝撃が走ったが、人目をばっちり引きすぎることに変わりはないので、このままの色味で掲載されることになった。
S村さんが、これも公園に咲いているバラに関する展示をするため、折り紙でバラを折っている。複雑な折り目をたくさんつけて立体的に仕上げる、上級者向けの折り方だ。S村さんは図書館で働きたくて何回か落ちて、面接に受かるための塾にまで通い、今の図書館の採用試験を受けることになったとき、履歴書の特技欄に「折り紙」と書いたそうだ。
一時間後、S村さんの机にはしわの入りすぎた脳みそみたいな紙がくしゃっと転がっていた。

式で出された料理は、同僚の希望であろう、ステーキはでかく、最後のケーキは3種類もあり、とてもおいしかった。主役はあまり食べられなかったでしょう、と聞くと、いとこが演奏してくれてたすきに、肉もケーキもぜんぶ食べた、と言った。
使われていたグラスにはなぜか口紅が全くつかなかったが、後で何度検索してみても、そんな商品は見つからないのだった。


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