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月曜日の図書館 地味な宝物

〇〇株式会社50年史とか、△△学校100年のあゆみ、などといった本は、たいてい重厚感を出そうとして布張りの高級なつくりをしているため、ラベルシールがすぐにはがれてしまう。こんなときにはラベルの上からボンドを塗りたくるのがうちのやり方。最初にそれを教えられたときは絶句したが、確かにこの方法だとラベルは本体にしっかりとくっついてはがれなくなる。

筆または大胆に指で塗るため、あちこちにムラができて、乾くとでこぼこする。

木工用ボンド、成分は酢酸ビニル樹脂系エマルジョン形。高校の技術の先生がまるでものすごい呪文を発見したかのように何回もエマルジョンエマルジョン繰り返していたので、今でも頭にこの強い言葉と先生の低い背がこびりついている。

本のページをコピーして持ち帰ったはいいが、肝心の見たい部分が切れている上に、どの本だったかわからなくなってしまった。ここの窓口で前に出してもらったと思う。おばあちゃんがコピーを指し示しながらそう言う。

作者とタイトルで検索してみると、シリーズで100巻以上ある本だった。ブックトラックに積めるだけ積んで持っていき、一冊ずつ中を確認してもらう。2杯目で目当ての一冊が見つかった。67巻であった。

興奮したおばあちゃんが書庫出納の待ち札をなくすアクシデントがあったものの(読んでいた他の本の間に挟んでいた)、無事に希望の本を手渡すことができた。おばあちゃんは今年で94歳になったそうだ。

緊急事態宣言が出る直前、寒さがゆるんだ日。行くなら今日!と思って来てくれたのだ。

いつもは一晩かかるボンドが、事務室に戻ってみるともう乾いている。恐ろしいほどカピカピだ。換気で窓を開けているため、空調をフル稼働させているのだ。ここで働いていたらどんなに美肌効果のある温泉でうるおった肌でもたちまち枯れ果ててしまう。

石油ストーブがあったら、と思う。空気は乾燥しないし、お湯はわかせるし、切れた縄跳びも炙ってくっつけられるのに。
ただひとつ石油の弱点は、アマゾンでもアスクルでも買えないこと。

乾いてでこぼこになった100年のあゆみを「在庫」状態にして棚に並べる。本が入っていた箱は取っ払ってしまう(管理が難しいため。箱は捨てずに職員が物入れとして再利用する)。グラシン紙で包んである場合、それも取ってしまう(同上の理由。こちらはすぐに再利用方法を思いつかないが、もったいないのでやっぱり取っておいてそのうちたいてい忘れる)。

豪華なオプションをはぎ取られてすっぽんぽんになった100年のあゆみは、地味だし、おまけにでこぼこしているし、ほとんどの人はそこにあることすら気づかずに通り過ぎる。

誰も手に取らない本を、何のために所蔵するのか?

高校のときエマルジョンで何をくっつけたかは全く思い出せない。白くてねっとりしているのが怖くて、わたしは今後この接着剤とはなるべく距離を置いて生きよう、と思っていた。

何のために?
わからない。ただ取っておきたいだけかもしれない。食べ物を埋めて安心するリスみたいなものなのかも。
けれどたとえば、何年も開かれることのなかった本が、誰かにとっての「67巻」になることだってあるのだ。100年のあゆみに載っていた集合写真に、亡き祖父を見つける人。会社50年史から、パリにあった支店の住所と当時の取引先を見つける人(フランス語で!)。

ひとりで見つけられないときはわたしたちがいる。主張の少ない地味な本と、それを求める人とをくっつけることもまた、わたしたちの仕事である。

vol.55 了

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