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月曜日の図書館18 整体

ずっとパソコンと向き合っている。目がちりちりする。肩がかたまる。腰が重い。久しぶりに電話で知らない人と話して、相手の物言いにカチンときてしまい、無愛想な対応をして怒らせてしまう。お前の名前は何て言うんや。覚えたからな。俺は市長の友だちなんや。言いつけてクビにしたるぞ。
市長と仲良しの会があったら、わたしは間違いなくブラックリストに載っているだろう。今までも話をこじらせる度に名前を聞かれ、市長に言いつけると脅されてきた。係長が電話を代わってなだめてくれる。この年になってなお、苦情の応対もままならないなんて。

外は快晴。空が青い。N本さんが自分のめがねはブルーライトをカットできると自慢していたが、この青さと何が違うのだろう。空も見続けると、目に毒なのだろうか。
館長の植えたスノーポールが、歯止めが効かないみたいに咲き乱れている。家で育ててる別の苗もあるから、時期が来たらまた持ってくるね、と言う。そよ風にさらわれて、少ない髪の毛がふわふわ揺れている。

図書館の敷地にはおじいさんの銅像が建っている。おじいさんは江戸時代、この地に生まれた後、植物の研究を熱心に行い、牧野富太郎にも尊敬されたらしい。90歳を過ぎても山に入って植物採集をして神仙と呼ばれていたとか。あと少しで100歳というところで、うさぎの肉を食べてお腹をこわして亡くなったらしい。相当パンクなじいさんだったようだ。
現在おじいさんはここらで有名なポケストップになっているため、外出自粛前は若い子たちが群がって何らかのモンスターをゲットした後、記念撮影をする姿が多く見られた。

休館を利用して、アルバイトのおじちゃんが外から窓の掃除をしてくれる。手を振ったが気づかない。館内が暗すぎるのと、積年の汚れのせいで見えないのだ。後から本人にそのことを伝えると、ええっ、わざとじゃないからね、と何度も言う。いっそ清掃業に転職しようかな、と言う。

ハンドスキャナから出る赤い光で目が疲れる、とN本さんに言うと、虫じゃあるまいし、人間に赤い光が毒だなんて、聞いたことない、と言われる。

運動が苦手な人が運動するのにおすすめの動画はあるかLちゃんに尋ねたところ、ジャニーズの人たちが毎日交代で得意技を披露する動画があるとのことだったが、よくよく聞いてみると、真似できるレベルのものではなく、ただひたすら見ていて面白いのらしかった。
わたしは今のところ、ネットで見かけた「どんな生き物も逃げ出す動き」を好きなバンドの音楽に合わせて踊っている。うううう、と唸り声も取り入れたりしている。大人には分からないこの想いをきみに届けたい、というようなことを、わたしよりずっと年下の男の子が上手にうたっている。うううう、とセッションしてみる。

銭湯に行きたいなあと思う。
次に引っ越すときは、銭湯に徒歩で行ける物件にしよう。

古文書の中には過去に起きた災害を記録しているものもあって、当時はただの「知りたがり屋さん」が好奇心で書き残したメモであっても、今では貴重な資料となっている。
隕石の落下を見て驚く人々。地震でつぶれる家から逃げ出す人々。プロのイラストレーターではないから、表情の細部まで描けなかったらしく、みんな呑気な顔をしている。呑気な顔のまま、がれきの下敷きになったりしている。
江戸時代に疫病が流行ったときは、今よりもっと大変だっただろう。鎖国のせいで外国からマスクを転売してもらうこともできなかっただろうし、長屋暮らしとか隣組とかお互いをがんじがらめにしている人間関係では、あらゆる場面で密状態だっただろう。

他に誰もいない事務室で、K川さんがバレリーナのように脚を上げていたのを目撃する。みんなには内緒ね、と言う。ずいぶん完成度の高い体のほぐし方である。

子どものころ、弟のほっぺたがあまりにやわらかくて、わたしがしょっちゅう触るものだから、肩たたき券の代わりに「ほっぺた券」をくれたことがあった。一枚につき、10回触っていい券を、10枚。もったいなくて使えないまま、いつの間にか大人になってしまった。今や弟の顔はざらざらごつごつである。
それでも、捨てずに取ってあるほっぺた券で、あと100回は落ちこんだときに甘やかされていいはず、と思っている。

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