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月曜日の図書館51 白の中の白以外の部分

飼っているカエルのケージの床に、近所の薬局でたたき売りされていた白いキッチンペーパーを敷くと、カエルはあっけなくデフォルトであるところの緑色に戻った。無漂白、地球にやさしいを謳ったキッチンペーパーを敷いていたときは、ひねこびた根付のような茶色だった。ナチュラルな環境の方がいいかもしれないと考えて土を敷き詰めていたときは、乾きかけの干物のような色になった。きれいな緑色は100枚98円の平凡なキッチンペーパーで叶えられるのだった。

特別支援教室で『ごちゃまぜカメレオン』のパネルシアター(白いフェルト地を背景に、登場するものをペタペタ貼りつけながらおはなしをすすめる)をやったときの、子どもたちのやさしさあたたかさを忘れない。
まだ児童担当になって慣れないころだった。フラミンゴみたいになりたい、ゾウみたいになりたい、とカメレオンが願うたび、体に桃色の羽やら長い鼻やらが加わっていく。そして終盤、たくさんの生き物の属性を身につけたカメレオンは、ついに自重ではがれ落ちてしまった。
途端、ひとりの子が「ぼく、みてないよ」と言って目をおおった。他の子もまねをして同じようにおおう。
この教室では、テストで100点を取るとか、できないことができるようになることが一番大事じゃないのだ。互いの失敗に「目をつぶる」という、人間社会でみんながそこそこ幸せに暮らすための極意を、この子たちは同年齢の誰よりも早く身につけている。
次に子どもたちが目を開けたとき、再び白いステージに舞い戻ったカメレオンはこう言ったのだ。「また もとの ぼくに なったぞ! ばんざい!」。
終わったあと、彼らは「おもしろかったなあ」「とちゅう、ひやっとしたけどな」などと言い合いながら小さい手で拍手をしてくれた。

図書館で働きはじめてから学んだこと:小学生が大人に気を使うこともある。

プリンタのインクは白を表現できない。
目が見えづらい人たちには、白文字の方が見やすいと聞いて、黒い画用紙に白文字を印刷しようと命令をかけたところ、何も印刷されないままガーッと吐き出されて下に落ちた。N本さんにこの件を訴えると「白く見える部分は白いインクが乗っているわけではなく、周りに他の色を乗せることでそう見せているだけであるから、まず一面を黒インクで塗りつぶして文字の部分を白抜きにすればよいが、その方法だとインク代がかかりすぎるので図書館ではやらないのが慣例である」とのことだった。

アルビノでもないかぎり、自分自身を白く染め上げることは、とても難しい。

昼ごはんを食べに行く定食屋さんのテレビでは、たいてい朝ドラの再放送が流れている。終わったあとはニュース。感染者が止まりません、県では再び営業時間短縮の要請をしました。
店のおじいさんが常連のおじちゃんに自分の考えと政府が取るべき対策について述べている。最近ね、時代のうねりをつよーく感じるよ、と言う。

時代のうねりを感じるおじいさんが作った今日のランチ:タコ梅ごはん、きゅうりとしょうがの漬物、みそ汁、切り干し大根とナスの煮物、茶碗蒸し、イチゴ、リンゴ各一切れ

後輩が地図の印刷ができない、ちゃんと設定しているはずなのに途中で切れて印刷されてしまう、と言う。画面を見ると、用紙切れのポップが出ている。まず紙を補給しなきゃいけないよ、と言うと、はい、紙はここにあります、と言ってぼんやり立っている。

まるで This is a pen. と言われたときのような途方もなさ。

ストックがどこにあるかはわたしも知っている、場所を尋ねているんじゃなくて、あなたに補給してほしいと言っているのです。
ロール上になったA1サイズの専用紙は、重たいので2人で抱えて金具を取り付け、プリンタに入れる。ふたを閉めると賢い機械は勝手に紙を内部でセットしはじめ、先のほう5cmくらいをカットして吐き出した。まあたらしい、白い切れはし。
設定をいじって「余白なし」を選び、印刷を実行すると、機械は大げさな音を立ててゆっくりと印刷をはじめた。
さっきは切れてしまっていた部分が顔を出すにつれて、後輩は「音聞山がくっきり!」「ああ!池も!」と実況しながら喜び、印刷が完了すると大きな声で「ありがとうございました!」と頭を下げた。チェーン店の居酒屋の店員みたいだった。

堂々とA1サイズでカラー印刷してみせる後輩に勇気をもらい、わたしも「慣例」を知らないふりをして白抜き印刷してみよう、と思った。


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