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月曜日の図書館 諸行無常

研究室の奥から、古老のインタビューが発掘される。100年くらい前、図書館ができた時に働いていた人たちの貴重な話である。

わくわくしながら読み進めると、××は軍人上がりで気位は高いが仕事をしないので△△係の仕事を押しつけてやった、とある。早速ディスっている。

奇しくも昔ここで働いていた、というおじいさんから電話がかかってくる。自ら「伝説の司書」と称して苦労話や自慢話を延々聞かせてくるので、携帯電話の充電が切れたらしく通話が途絶えたときにはホッとしたのも束の間、30分くらい経って再びかかってきてげんなりである。

コンピュータを導入した当時は本当に大変だった、とおじいさんは5回くらい言った。画面から体に悪いビームが出ると言って反対する職員を、上司であったおじいさんはめっちゃ苦労して説得したらしい。

未知のものに対する人間の反応とはかくも滑稽なものか、とそのエピソードだけは面白く聞いた(3回目くらいからはちょっと飽きていた)。

と思いきや、当時のことを体験した先輩のお姉さま方にこのことを話すと、決して笑いごとではなかったらしい。女性は電磁波を通さない作業服が支給されたと言う。

わたしたちは毎日、殺人光線を浴びながら仕事をしている。

妊娠中のLちゃんがエプロンをめくって裏地を見せてくれた。電磁波を通さない素材で作られているそうだ。わたしはLちゃんが最近エプロンを変えたのを不思議に思っていたので謎が解けてすっきりした。色がもうひとりの先輩と同じで、髪型もよく似ている、ついでにその先輩はわりとふくよかな体型なので、人の顔を見ないわたしには見分けがつかなくてちょっと迷惑していたのである。

古老のインタビューには、併設の食堂で出していたコーヒーがやたらとおいしかったので、図書館ではなくカフェーみたいだと揶揄された、とも書かれている。

カフェーの意味合いが昔は違うとはいえ、スタバと併設の図書館がもてはやされる今のわたしたちから見ればうらやましい限り。時代を100年も先取りしていたのだ。

最先端を走り続けた結果、現在の図書館にはラーメン屋が併設されている。

新人の子たちが企画・実行してくれた、先輩たちへのインタビューをまとめたものが回覧されてきた。この図書館のすごいところは?このまちでおすすめのスポットがあったら教えてください。

わくわくしながら読み進めると、けっこうな確率で「わかりません」「知りません」「特にありません」と答えている人がいる。本当にわからなかったことがしみじみと伝わってくる大変よくできた回答である。

その場しのぎで適当な嘘をつかない正直な人たちが作っていく、これから100年の図書館はどんなふうになるのだろう。

件の「伝説の司書」を知っている先輩に話を聞くと、少なくとも働いていたときは、携帯の充電が切れても自慢を続けるような人ではなかった、とのことだった。
人は誰しも歳を重ねるうちに、自分の痕跡をこの世に遺したいという思いが強くなるのだろうか。わたしが確かにここにいて、それがこの場所に、ここにいる人たちに、大きくて良い影響と感動を与えたという思い。

残念ながら、インタビューに答えた古老たちはすでにこの世にいない。インタビュアーを務めた職員ももちろん退職している。

彼ももう高齢で療養中らしいから、何かに掲載したいなら早く連絡を取ったほうがいい、と先輩が言った。

あなたがここで成し遂げたことは何ですか?
特にありません。
いつか、正々堂々と言えるだろうか。


vol.53 了


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