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競技: ボクシング #2 | 鬼ヶ島の五月晴

この投稿の殆どは 既に世の中で語り尽くされているでしょうけど
書くことで開放したい自分の頭の中の気圧を なるべく字数を絞り 収めてみました。
格闘技への感覚を共有できる人は この仮想社会の中では少数派でしょうけど  「そうだよね」 と感じてもらえる人が一人でも居れば いいかな。



五月 ゴールデンウィーク最終日の東京ドーム。
かつて日本人チャンピオンとのタイトルマッチに 二度も”いわく”をつけた
メキシコ人ボクサー。
その日本ボクシング界への非礼のため 日本での試合禁止となっていた
彼の二つ名は『悪童』。
契約体重超過とドーピングの代名詞。

ネリは2017年8月の山中とのタイトルマッチで4回TKO勝ちを収めたが、試合前に行われたドーピング検査で禁止薬物が検出された。
故意の摂取を否定していたが、18年3月の再戦では今度は体重超過。試合前に王座を剥奪された経緯があった。

https://the-ans.jp/news/128542/

かたや デビュー以降 勝つ試合しか観ることができない 相模国の強者。 
二つ名は 『怪物』。

瞬く間に達成した世界タイトル奪取には満足せず 同じ階級の複数団体のチャンピオンを全員打ち負かし 団体統一。
その後 ベルトを返上し 階級を上げ 団体統一する偉業を繰り返す。王者になり10年無敗 且つ 毎試合が世界戦だという。

世界のボクシングメディアから『モンスター』と称されるようになった若者は 今回のマッチメイキングでは いち競技者の領域を越え 興行側の視点で日本ボクシング界への貢献 そして 未だ偏見の根強いボクシング興行の成功を 自身の義務と考えたのだろう。
彼のキャリアパスには余り価値がなく 寧ろ リスクの高い 『悪童』との試合は ファンの期待と興奮に応えたか 双方の陣営で合意された。

ファンの一部に 若干の不安を残して。


五月の闇に『怪物』は ”桃太郎” の幻影を纏い
東京ドームという名の ”鬼ヶ島” に上陸する。
いち早く潜入していた観衆には『悪童』の姿に ”鬼” が重なる。

キャリア無敗の桃太郎は 鬼退治のみならず 過去に成し遂げられたことのない ”日本人メインイベンターによる東京ドームボクシング興行” の成功をも目論むが
鬼とて 実力がなければ これまで敵地で二度もタイトルマッチに臨んではいない。

言うまでもなく 勝負の世界に絶対はない。

井上尚弥にしても この世界の理の中を歩まざるを得ない。
起きる事象には 実力だけでなく運も左右する。
それは我々の日常と変わりない。
決意や意気込みなどは努力のプロセスには影響するだろうが 勝負の局面では虚しい。

もしもの事態に キャリア無敗の『怪物』が毀損してしまう自身の価値は計り知れない。
勝てば官軍で 『悪童』も 世界のスポーツメディア相手に好き勝手を並べることだろう。
何より日本の拳闘ファンの落胆は想像に余りある。
バッドエンドの後に続く物語を継承できる自国選手は 目下 恐らく見当たらず 先々 仇討ちの機会が巡ってくるかは 判らない。

「井上尚弥が直々に悪童退治をする必要なんて無い、誰か別の選手を充てるか 悪童がリングを去るまで放置すればいい」
自分同様 そう思っていたファンも少なくないだろう。
悪童自身が ”この試合を受けてもイノウエに得るものはない” と語っていた。


四人の従者に夫々異なる団体のベルトを預け 果たし合いのリングに向けて歩を進める桃太郎には 正直 違和感があった。

彼がこれまで見せたことのないオーバーアクションや 過剰なカメラアピールから とても不穏な何かが漂ってきた。
もしや これまでのポーカーフェイスの裏に 先輩ボクサーやボクシングという儀礼を侮辱した鬼への憤懣が蓄積されていたのか?
感情的になっていて 力み過ぎなのでは?
平常心を失っても 怪物 井上尚弥なら 勝ちに導けるのか? 

何とも嫌な直感の中で 果し合いは始まり 不安は早々とファーストラウンドで眼前に突き出された。

これまでの戦績で 初のダウン。
下がったガードと まともに貰った左フック。
ドネアとの試合で初流血した衝撃シーンを凌ぐ負のインパクト。
ファンや関係者の多くが よ も や のバッドエンドに挫けない精神的予防線を張り始めた瞬間だろう。

怪物本人を除いて。

残り一分 とにかく逃げてくれ と ただ祈る。
立ち上がりファイトポーズを見せる怪物に 小走りに迫る悪童。
番狂わせを確約する追撃が開始されるが 怪物はドネア戦以来のクリンチで逃れる。しかしステップワークは危なげ。
追加の一発を貰ってしまえば 関係者やファンは闇の帳が上がらない異世界に封印されるだろう。
過去に他のボクサーの同じような場面も観てきたので 希望的観測に意味がないのを自分は十分承知している。

危うい連打を見切る防御が続くうちに 手数が回復し始め 漸く怪物の間合いが戻って来る。鬼も桃太郎も お前やるな と言いたげな薄笑いを浮かべているのに驚かされる。怪物の照れ隠しか。

1Rが終了。
画面に吸い込まれる緊張から開放されるも ダメージ次第では 次ラウンド以降返り討ちにされる確率が増す。罪作りな脚色が恨めしい 。


この大きな動揺の後から 怪物の 危なげない反撃が始まった。

2Rには早々とダウンを取り返し

もて遊ぶように 余裕の挑発まで披露しながら
5Rにはショートレンジの前手フックで二度目のダウンを奪取。

6Rに 利き手のフックが水平に動いたあと
ロープに沿って最下段まで崩れ落ちた敗者を見下ろしていたのは
ハッピーエンドの物語通り 桃太郎だった。

五月の風が絶え 失速したコイノボリのように ロープの隙間に畳み込まれ 地面にへたり込んだ鬼。
鬼ヶ島の物語にフェイク・エンディングは似合わない。
退治されたまま 他の魔境に転生し そこで再起してほしい。


多くの拳闘ファンは かつて一人の世界チャンピオンの競技人生終盤に拭えない影を落とし、二度も書き換えられた物語に 誰かが筋を通し 落とし前をつけて貰いたかった。
そして 桃太郎が志願し 鬼を討ち果たしてくれた。

捻れたストーリーを正せず 不本意な引退を余儀なくされた元チャンピオン。その無念も いまは 五月の空のように晴れていて欲しい。

きび団子食べて ノーサイドね

なお
先日 将来有望な選手が 日本王者との凄絶な打ち合いの末 帰らぬ人となった試合を観戦していた。試合後に自力で立ち上がれない姿から深刻な事態が想像できたが 訃報を聞き戦慄した。
命に関わる危険な競技なので 悪童の脳へのダメージは最小限であって欲しいと願う。勿論 怪物にも。


<おまけ>

K-1時代から応援している武居由樹選手。
裏返った声で真摯に挨拶をする姿はボクサーに転向しても変わらないでいてくれて嬉しい。
戴冠出来て よかった。

遠い間合いから飛ばす定番の左のボディーフックが 王者マロニーに効いてなさそうだったのは意外だった。
ダメージを逃がす技術のせいか、 単に体が強いのか?
最終ラウンドはヒヤヒヤで観るのが辛かったが (スタンディング)ダウンを回避できてホッとした。

武居由樹)こんにちは。
(半泣きで) 足立区から 足立区から来た武居が 東京ドームで世界チャンピオンになりました。
今日 オヤジの 古川誠一の誕生日で
いつも洋服をあげると サイズがどうのとか色がどうのとか 文句ばっかり言うんで、、、、今日は 文句ありますか?

パワーオブドリーム古川会長)大丈夫です。

武居由樹)お誕生日おめでとうございます。
本当に 育ててくれて ありがとうございました。

放送から文字起こしした武居由樹新王者コメント
古川会長 息子さんとの思い出深い誕生日 おめでとう

母親の手に余るほど不良だった子供を 小学生高学年頃から自身のジムに引き取って一緒に生活し 更生させ キックボクシング団体K-1のチャンピオンにまで成長せしめた 夢の力・古川会長。
ボクシング転向後 大橋ジムでコーチを務める 激闘王・八重樫東。
令和の世には暑苦しいだろう この三人の破顔がとても嬉しい。







 

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