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超能力ではなくて、記憶力

先日、ある人と約束をして会う必要があったものの、諸事情で延期に。ようやく都合がつくということもあり、メッセージを送った。
ちょうど彼女の誕生日ということもあり、お祝いも兼ねて。

数日後に顔を合わせた際に、「好奇心からの質問なんだけど……」と切り出すので、何だろう?とほんの少しだけ身構えたら、「どうしてわたしの誕生日を知ってたの?」と。
たしかに、そのことを彼女から直接聞いたわけではなかった。かと言って、もちろんわたしにそういう超能力があるわけでもない。
「どうして知ってるんだろう?と思って、○○に聞いたの。そうしたら、『彼女は全部知ってるんだよ。すごーく前に1度だけ言ったことだってみんな覚えているんだから』って」

全部は覚えていません。そして、一気にたくさんの情報が入って来たら、たとえば、10人ぐらいの誕生日を一気に言われたら、メモを取らずには取りこぼしがあるかと……

ただ、色々なことをよく覚えている、記憶力がいいとは、わりとよく言われる。そのことを20代ぐらいの頃だったか母に言ったら、「そんなに記憶力がいいのなら、なんで毎回テストで100点じゃなかったの?」と言われたが、記憶力がよいと言っても、なんでもかんでも覚えているわけではないのだ。

一般的に、自分の関心がある事やモノ、人については、誰でも覚えている割合が高いのかもしれない。それでも、全部を全部覚えていたら容量オーバーになるから(なるのか?)、新しい情報がどんどん入って来るにつれて、興味関心の有無に関わらず、何かの記憶は薄れたり、すっぽり抜け落ちたりするものなのかもしれない。たまに、長く知っている友人や家族が覚えているけれど、自分には覚えがなかったり、言われて思い出す、違うように記憶していた……ということもある。だから、自分の記憶の彼方に行ってしまっていたことを他の人に思い出させられると、ああ、そんなこともあったね~、そんなことも言っていたね~と、自分のことながら懐かしい気分にもなる。ときには、ああ、それは忘れたままでもよかったけど……ということもあるけれど。
とにかく、自分が覚えていないことも、他の人が覚えていて補完するということはよくある。

冒頭の彼女の誕生日については、2年ぐらい前から知っていた。彼女の身内の人たちと付き合いがあるので、わたしが尋ねたわけではないが、言っていたのを聞いていたから。昨年は、直接コンタクトを取る術がなかったから、その身内の人にお祝いを伝えてくれるようにメッセージを託したのだが、おそらく伝えられなかったのかもしれない。
身内の人たちの話から、わたしと彼女はわりと好みが似ているようには思っていたが、先日、また共通する興味事項が発見された。しかも、マニアックに話せるぐらいの。なかなかそういう話の展開にはならないので、縁があったのかもしれない。


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