見出し画像

孤独な天才の伝わらない苦悩-Universal Novel Communication-

 暗く狭い部屋、タイピングに勤しむ男がいた。
 彼の名は九条。周りとコミュニケーションが上手く行かず引きこもりになった。
 彼は独特の感性の持ち主で、それ故に周囲に分かってもらえないのだ。
 しかし自分を理解して貰うために小説を書いている。
 とはいえその小説はほとんど読まれず、評価もされなかった。
 
(疲れたな、息抜きにTwitterでも見るか)
 
 彼はベッドに横たわり、フリック入力で文字を打ち込む。
 『俺は映画とか本とか全部QRコードみたいに網膜からスキャン出来て一瞬で内容を把握出来ればいいのになぁと思う。それでたとえば小説を書かせる事を全人類に義務付けさせて、名刺がわりに小説を読み込めば人となりが分かって面白い』
 
 以上が九条のツイートである。
 いいねはつかないし、閲覧数もさほどでもない。
 フォロワーもいないため、彼は好き勝手呟いていた。
 もはや独り言だ。
 しかしこの日は違った。
 
『斬新な発想ですね! 小説書いてらっしゃるんですね? 私小説好きなんです!』
 
 なんとリプライが来たのである。
 そして『れもん』というユーザーネームのアカウントにフォローされる。
 慌ててフォローバックすると、メッセージが届く。
 
「作品読ませて頂きました! 独特の世界観に圧倒されました! ファンになりました!」
「ふぁ、ファン……!?」
 
 生まれて初めてのファン。
 九条は歓喜に震える。
 それかられもんとはたちまち親しくなり、次第にLINEを交換するなどどんどん親密になっていった。
 
「今度会ってみませんか?」
 
 そんな提案がされるのにもさほど時間を要さなかった。
 
 翌日、九条は30分ほど早く待ち合わせ場所に辿り着いた。
 
「あの、人違いだったらすみません。 九条さん、ですか?」
「えっ……? あなたがれもんさん?」
「はい! 本名は朱里って言うんです」
(うわぁ……すっごい美人……)
「じゃあ早速カフェ行きましょうよ! おすすめのお店知ってるんです!」
(ぐいぐい来るなぁ……)
 
 入ったカフェは確かに雰囲気のいい店だった。
 2人はそこで創作談義に花を咲かせる。
 
「で、俺は人間のクローンにAIを宿したアンドロイドがヒエラルキーの最上位に立つ話が凄く面白いと思うんだ」
「あれですか? アンドロイドはクラウドだかで連係してて人間を徹底的に管理している感じですか?」
「そう、そうなんだよ! いやー、分かってくれる人がいるとは!」
「要するに九条さんってディストピアが好きなんですよね?」
「俺はディストピアだとは思わないんだけどな」
 
 初めて理解者に巡り会えた。
 九条は幸せを噛み締める。
 
「でも九条さんが書く流行りの異世界物も読んでみたいです」
「え? 俺は異世界物は苦手なんだ」
「九条さんが書いたら絶対流行りますって! 試しに書いてみてくださいよ!」
「でも……」
「お願いします!」
 
 上目遣いで懇願する朱里。
 九条は深くため息をつくと頷いた。
 
「やった! 楽しみにしてますね!」

 ──

(オフ会楽しかったな……)
(しかし異世界物なんて何書けばいいんだ? 適当に冴えない主人公が異世界で大活躍してモテモテになる話書けばいいのか?)
(はぁ、気が乗らないなあ…… 俺は書きたくないのに……)
 
 そして九条は即興で考えた適当な物語をタイピングし、投下する。
 
(1話読めば出来の悪さを見て朱里さんも黙るだろう。 よし、寝るか)
 
 しかし翌日のことだった。
 
 スマートフォンのバイブレーションに起こされる。
 
「もしもし?」
『九条さん! 凄いことになってますよ! サイト見てください!』
「え?」
 
 なんと閲覧数もブックマークも大量についており、しかもランキング1位になっていた。
 しかし九条が本気で書いた自信作はブックマークが1つも増えていなかった。
 
(馬鹿な、こんな作品のどこが面白いと言うんだ……?)
『続きを待望するコメントがたくさんありますよ! 九条さん、これはもう続き書くしかないですよね!』
「あ、あぁ……」
 
 九条は続きを書かざるを得なくなってしまった。しかしまぐれは二度も続かないだろう。
 続きを数十分で書いた。内容はやはり即興で考えた、適当なもの。
 しかし閲覧数もファンも増える一方だった。
 
(俺は〝駄作〟を書いているのに何故評価されるんだ……?)
 
 嬉しさなどあろうはずがない。
 魂を込めた自信作でなく、適当に考えた駄作が評価され、天才と呼ばれ出したのだ。
 たとえるなら落書きを書いたらコンクールで優勝、口笛を吹いたらオーケストラに招待された気分だった。
 手抜きで得た天才という不相応な評価が納得いくはずがなかった。
 そして回を重ねると、遂には出版社から書籍化のオファーまで来た。アニメ化を前提に契約を結ばせて欲しいと。
 普通なら喜ぶべきところなのかもしれないが、九条は悪夢を見ている気分だった。

 カフェで朱里によりささやかな祝いが開かれる。

「九条さん、流石です! ファン第一号として鼻が高いですよ!」
「……なぁ、あれのどこが面白いんだ?」
「え? だって凄く痛快で面白いじゃないですか! 前のは陰鬱としてたのに……」
「そんな、前の作品よりあれが面白いだと? 君なら、君だけは俺のことを分かってくれると思ったのに!」

 そう言い九条は店から出て行く。

「あっ! 九条さん!」
 
 これがきっかけで密かに想いを寄せていた朱里との縁も切れた。
 
 唯一の理解者からも手のひらを返された。
 九条は絶望する。
 ディストピアの小説を書くことは、自分の歪んだ感性を表現するコミュニケーション手段だった。
 それをばっさり否定された。
 九条は立場に縛られ、〝駄作〟の執筆を強要され、本来書きたかった小説を書く事が出来なかった。
 天才作家として、自信作は削除することを強制され、それは世間では黒歴史と認定されている。
 そして駄作を書くことで評価されることが心底不気味で、不快でしょうがなかった。
 出版社からまたメールが届く。
 アニメ化の次は映画化だった。
 名声は高まる一方だが、九条は書きたくもない作品を書くことに限界を感じていた。
 
(読者が求めているのは本来の俺ではなく、嘘で塗り固められた俺なんだ)
(なんだ、だったら本来の自分なんて必要ないじゃないか)
(俺が本当に書きたい作品も、俺の苦悩も誰にも分からない。これ以上生きていてもこの葛藤に苦しむだけだ)
 
 九条は最後に遺書代わりに自分が本当に書きたい小説を書くと、躊躇いなく首を吊った。

 ──

「以上が九条先生が最後に残した作品です。 彼はご存命中は本当に表現したかった作品が評価されなかったのです」
「先生、なんで当時は異世界に行く話が流行ってたのですか?」
「当時の時代感を反映しているのかもしれません。今でこそディストピアの先駆者として評価されていますが」
 
 九条の死後、彼が本当に書きたかった作品は高く評価され、教科書にまで載っている。
 代わりに当時評価されていた異世界物は見向きもされなくなっていた。
 しかしその名声が九条に伝わることなどあろうはずがなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?