第15段 しばし旅だちたるこそ、目さむる心地すれ。

徒然なるままに、日暮らし、齧られたリンゴに向かいて云々。

最近旅をしていない。ちょっと遠出するくらいはあるのだが、旅行というものはめっきりだ。コロナ禍なので当然といえば当然なのだが、旅行好きの一家に生まれた私としてはやはりこれほどまでに息苦しく心苦しいことなど他にないだろう、と思うことも多々ある。しかし、こんな私にも旅の機会が訪れようとしている。実は1週間後に生まれ故郷である岡山に行くことになった。そう、私は母方が岡山で父方が岩手出身になるのだが、私自身が生まれたのは岡山県の赤磐郡というところである。ざっくりといえば、津山の隣だ。そう、かの有名なB'zの稲葉さんの生まれ故郷だ。その昔、稲葉さんのご実家を訪ねて津山まで旅行したことがある。津山は赤磐郡から電車に乗って行くことができる。駅前でタクシーでも拾えば、ほとんどがその客なのだろう、運転手はこぞって『稲葉化粧品(稲葉さんのご実家は化粧品店である)に行くじゃろ?ついでにお兄さんの和菓子屋さんと、プリクラもあげるわ〜』とおみや付きの稲葉さんツアーをしてくれるのだ。まあそれはそれとして、兎にも角にも久しぶりの岡山だ。これはかなり嬉しいことであり、今からワクワクが止まらない。岡山に何があるかと言われれば、特段何かあるわけではない。ただ最近ではスイーツやフルーツには力をいれていて、皮まで食べれる『もんげーバナナ』や『白桃チーズタルト』『カヌレ専門店』などといった特産品もある。きびだんご一食しかなかった昔に比べればたいそう進歩したなあ、と改めて思うのだが同時に時代の流れというのも感じる瞬間でもある。岡山といえば、何と言っても『山』だ。そう、ただの山ではない。もっといえば、『お山』だ。私は昔からこのお山に対しての信仰心のようなものがある。今住んでいるところは港が近いのでどちらかといえば海の民となっているわけだが、幼少期は間近に海のようなものはなく、お山か川に行って遊ぶかのどちらかだった。サワガニやカエル、時にはハブなどにも遭遇した。近所に住んでいた祖父の兄(本家のおじさんと呼んでいた)がよく、クワのようなものにハブの抜け殻をぶら下げ、『ほうれ、ぼっけえのが(すごいのが)取れたわ〜これ持って帰るじゃろ?あん?』といって頻繁にプレゼントしてくれていた。正直どうしていいかわからなかったがおじさんのくれるものは全て、ありがたく頂戴していた。岡山では夜になるとあたりが真っ暗になり、あかりひとつ灯らない。そして虫の声が、どの季節でも心地よくあたりに響き渡り、自然と優雅な眠りへと誘ってくれていた。あの頃の思い出は今でも決して色あせることがない。幸せはなんだろう、と考えた時、私の脳裏に浮かぶのはあの頃の記憶だ。私は川では遊んでいたが、お山に関しては遊ぶというよりも『話を聞いてもらった』と言った方が実は近いのかもしれない。お山はいつも、静かになると私に語りかけてくれていた。『みなみ、この大きな空と私のことを忘れるでない。いつの日も、このことを一番に思い出せば、何も怖いことはない。』そんな風にいつもお山は私に語りかけ、そしてそばにいてくれるような気がしていた。そう、お山のことを考え、感じる時、胸にどこか飄々とした、何か生暖かい風のようなものが吹き抜ける感覚があった。それを私はお山の声として心に抱きとめ感じ取っていた。人間の友達が少なかったからだろうか、お山の声はいつもいつも私の中に響き渡りそしてたゆたく広がる羊水のような大海原を作った。そしてそれは東京に帰ってからも続いた。東京では木や太陽や花とよく話した。特に代々木公園の大木とはたくさんの話をした。私は木を見ると、かつて彼らと恋人だったような気がする節がある。いつもすれ違うたびに、語りかけられてくるような気がして、抱きつかずにはいられない衝動にかられる。『元気だった?』『調子はどう?』『あの時は楽しかったね。』など、いろいろな言葉を交わし温もりを感じる。そうすることによって遠い遠い自分の中の記憶にアクセスし、未知の世界へと飛んで行っているような気持ちになる。これもある意味での一種の『旅』なのかもしれない。旅は、一言で言ってしまえば遠くへ行くことだ。自分の見知らぬ土地へ行くこと、もしくは故郷へ帰ること、兎にも角にも今この場所から離れ違う場所へと赴くことを言う。では人間はなぜ旅をするのだろうか?それは簡単にいえば、自分自身をより深く知り、探求したいと言う欲求がおそらく心の片隅にでもあるからだと感じる。旅をすることによって多くのことを知り、考え、感じ、そして結局は巡り巡って自分のところへと帰ってくる。人は生きながらに輪廻転生するために、旅を繰り返すのかもしれない。







コギト・エルゴ・スム

風に吹かれる、虚ろな哲学者

MINAMI

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