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H.I.

人間でいることは時に苦痛だ。

自分たちの私利私欲の為なら何だってする。
時にそれが自分たちを滅びに導くことだったとしても
目の前の欲に抗う事が出来ない。

時々、自分もそんなバカな人間であることに
とてつもない嫌悪感に襲われる。



そんな人間の傲りの化身とも言える科学技術が世に誕生し、
我々の生活に今では違和感なく入り込んでいる。

H-03型A.I.
人工知能を有するヒューマノイドロボット
Human Intelligence
通称、H.I.(ハイ)

その名の通り"人間の知性"の結晶、だ。

A.I.開発技術が進化し、
作業介助に特化したH-00、コミュニケーション能力を備えたH-01、
そしてその両方を兼ね備え、さらに独自で学習する能力も備わったH-02から
この03型とほぼ変わらないレベルのものが完成。

これまで富裕層の間でしか利用されていなかった代物であったが、
改良を加えられたH-03型が世に出回る頃には、一般家庭にも普及し始める。

それに伴い【H.I.法】が制定され、各行政にH.I.対応の部署が設けられ、
私が勤める警察組織内にも、H.I.専門のチームが立ち上げられた。

H-03型ロボットは、"人の暮らしの一部になる"というコンセプトを基に
人間と見分けがつかない高性能な見た目と、
人間より人間らしい人格・・・と言って正しいのかわからないが
とにかくロボットだという印か何かないとパっと見ではわからない代物だ。

なので、所有者情報などが記録されたIDデータとGPSを搭載し、
いつでも遠隔で認証や所在が確認できるような機能が備わっている。
これで"野良H.I."化を防止するってわけだ。

万が一、所有者の手を離れ、H.I.だとチェックされない環境化に
H.I.が放置されでもしたら・・・
目の前にいるのは人間かそうじゃないのか心配するなんてごめんだ。

その為、公共施設等への認証システム導入の義務付けや、
規定も厳しく定められている。

が、
それでも人間という奴はルールを守らないどうしようもない生きものだから
我々の仕事は常に大忙しだ。

H.I.には必ず所有者がいて、権利だけでなく責任そのすべてが所有者に保有義務として課せられている。我々のチームが成り立つのも、所有者がH.I.法に基づき税金を支払っているからだ。
だいたいのH.I.所有の目的は、家事や介護、子守りや家庭教師といった子育て支援に渡り、生活に密着した形での使用が主だ。

中には、名前を与え家族当然の暮らしをする者もいる。

しかしその一方で、
収入を得る為にH.I.を外へ働きに出す、というケースも発生し
雇い先に店所有のH.I.がいる場合の所有H.I.と雇いH.I.の差別化、給金問題といった雇用側の不正利用を防ぐ新たな規則等の、様々な法改定が幾度も成されながら、確実にHIありきの社会が出来上がっている。

それは、我々の生活を便利で豊かなものにしてくれるものに違いなかった。

しかしながら人工知能、とは
なんと便利でなんと複雑、そしてなんと厄介なものか。

科学の進化は人間の英知の証。
その創り出した側の人間が、よもや子の存在に脅える時代が
すぐそこまで来ていることに一体どれだけの人間が気づいているだろうか。

A.I. 技術の先駆けであるH-00型が開発されていた頃、
今は亡きある有能な科学者が生前、A.I.技術のこれ以上の開発、進化に警鐘を鳴らしていた。
彼にはこの現状、いや、この先の人類が迎えるであろう危機がすでに見えていたのかもしれない。

"彼ら"はみるみる進化を遂げ、自ら学習し進化し続ける。
そうなれば、いつか人間の知能を遥かに超えていってしまうことは容易に想像がつく。
そうなった先、どうなるのか。
A.I. 技術の進化を推進した科学者たちは、違う見解だったんだろうか。
それとも同じような先の想像がついても尚、"彼ら"を進化させ続けることを選んだのなら、その理由は・・・

頭の良い人たちが考えることはよくわからないが、
我々がやるべき仕事の多くは、人間の指示を聞かなくなったH.I.の暴走を止めたり、所有者の手から離れ行方不明になったH.I.の捜索や確保だ。

中には己がロボットであることを忘れ?権利を主張するH.I.まで出てくる。
「学習機能のプログラムエラー」だとか技師は言うが、
残念ながら、H.I.法は所有(利用)者である人間に対しての法律であり、
H.I.の権利を守るものではない。

そう、この人間社会において"彼ら"は未だ、人間の"所有物"の範囲を超える存在ではけしてないのだ。

しかし、それがいつまで通用するのか。

これ程までに人間と密接に共存するようになり
自ら学習する知能を有するモノが、ロボットという物扱いで
いつまで人間に従うのだろうか。

事件を取り扱う度、そんな疑問や言い知れない不安に襲われる。

・・・"彼ら"の目。

すべてを見透かすような、あの目で見つめられる度
私は何度となく認証操作を繰り返してしまう。

"彼ら"、とひとまとめにして呼ぶのも、
もしその1体を個体で認めてしまったら・・・それが正直、恐ろしいからだ。



昨日、この街で行方不明だったH.I.が発見された。
内部でプログラムエラーが発生し、
我々が発見時すでに強制シャットダウン状態だった。
おそらく前々からなんらかの不具合が出ていたと思われる。

GPS追跡が遮断された状態が長らく続いており、
たまたまこのH.I.が勤めていた会社が、H.I.と知らず健康診断を行った際、
本来なら長期雇用の採用時に確認しなければいけない認証をそこで実施し、H.I.と判明。
規定に従い会社側からの報告を受けた役所が所有者に連絡。
遠隔操作が出来ない本体を直接回収に向かう手はずだったようだ。

この所有者というのが、H.I.を金稼ぎ目的で利用していたらしいのだが、
その場合、役所に利用申請し、勤め先への届け出等の義務があるのをどうやら、増税や給料の金額が変わることを避ける為に申請せず不正利用していたらしい。
捜索届も出すことが出来ず野放しになっていたH.I.がこの街で発見された時我々に通報されなかったのも、処罰を免れたいが為に所有者が役所に口を利かせたようだ。それで今回の事件で発覚されるまで放置になっていたわけだ。

まったく・・・それに比べ、所有者から離れてからも
[働く]というプログラムを実行し続けるとは、なんと殊勝なH.I.だ。

そんな野良H.I.が昨夜、自殺、したのだ。

・・・いや、これは正しくない。

H.I.が自殺、などする筈がないのだ。
何故なら彼らに死、という概念があるわけがないのだから。

死、という意味がどういうことかは勿論理解しているだろう。
しかし彼らには、それに等しいものは訪れない。

そしていくら人間らしさがプログラムされていたとしても
生産性のない行為を彼らが実行するわけがないのだ。

だが、一緒に働いていた同僚たちに話を聞くと、おかしなことを皆が口を揃えて言うのだ。

H.I.と判明し通報された当日、そのH.I.宛にあった電話後、
見るからにH.I.が憔悴した様子が見られたそうだ。

同僚たちもH.I.だと判明した報告を通達されていたのにも関わらず、
そのあまりにも人間らしい姿に同情したそうだ。

彼らに感情を表現する、という機能があっても
感情があるとは思えない。

しかし妙だ。

確かに、故障があったとはいえ、なぜあの屋上から落ちたのか。
本来、飲食物の摂取を必要としないH.I.がビールを飲んだせいか?

"彼ら"は社交性部分の役割を果たす為、口から何かを摂取しても問題ない造りになっている。
そこがH-03型で大きく改良された部分でもある。

アルコール摂取で当然のことながら酔う筈はないが、
行動に基づく予測で、H.I.が「酔う」というプログラムを選択し実行した、という可能性・・・

それもおかしい。

回収されたH.I.に残されたデータ、、とはいえ破損がありすべて見ることはできなかったらしいが、ビルから落ちる前、誰かがいて会話をしているようなログはなく、エレベーターの防犯カメラにも一人で屋上へ向かう様子が映っていただけだ。

眼球に搭載されているカメラの落下前までの記録映像にも、
ビールを飲み、ただ空を見上げる映像が残っていたそうだ。

社交目的もなく、H.I.単体での行動で[酔う]というプログラムを選択する意味はない。
そう、"彼ら"は必要のないことをする筈がないのだ。

「なんとも不可解な行動」
と解析していた技師が言うには、その後、落下する直前のログにバグがあり
解析することができなかったそうだ。

・・・それでまるで悩みを抱える人間かのような行動、、、

いや、まさか。

私は何を考えているんだ。
技師が出した分析結果は、なんらかのバグが生じ、
運動機能が一時的に停止したことが落下の原因ではないか、ということだ。

すべてはプログラムエラーによるもの。
いわば、機械の故障だ。

そう、自分に納得させる。

・・・でもじゃあ、何故、わざわざ塀の上に上った?

塀の高さはそのH.I.の身体の腰よりやや高い位はあり、
自ら身を乗り出さない限り、落下してしまうような不安定な態勢になるわけがないんだ。

それもすべてプログラムエラーが原因なのか?

ヤメておけ、

自分に言い聞かせても頭を離れなかった。



事件後、しばらく経ったある日、
あのH.I.を解析した技師から別件で連絡があった。

私は、ふと口をついて
「あのH.I.、その後どうなりましたか」
と質問していた。

「ああ、例の。A.I.データのエラーとボディの損傷が激しかったので処分する流れだったんですが、所有者の希望で、無事残っている基本的なデータだけを新しいH.I.ボディに移し変えて野良H.I.になる少し前から、以降のデータをすべて消去する形で復元されましたよ。」

「消去、ですか・・・」

「まぁ長年使用していたら、ある程度の学習したデータがある方が利用は便利ですし、ボディだけ新品に交換する方が安く上がりますしね」

「そうですか・・・」

電話を切り、なんとも言えぬ嫌悪感を感じた。


H.I.が進化し続け、人間にとって変わられるような世界になっては困る、

そう思っているのに、
H.I.があまりな扱いを人間から受けることに憤りを感じる自分がいる。


彼ら、の救いは、[リセット]できることか----

皮肉ではあるがそう思い、
この吐き気がする事件を終わらせることにした。

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