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名前を呼んでくれたなら


≪あらすじ≫
ワタシとカノジョの一日は、カノジョが無言で頭を撫でることから始まる。
カノジョがワタシの名前を何度も呼ぶ、そんな毎日も悪くはない。



ワタシがこの家に来たのは一年前。

もう、前の家のことは覚えていない。

朝、誰よりも早く目覚める。

一緒に住む一人であるカノジョは、朝起きてくると
無言で頭を撫で、そそくさとどこかへ行ってしまう。

ワタシはゆっくりごはんを食べる。

それから、外には出ることはできない代わりに
天気が良ければ窓を開けてもらえるので、
そこから外の様子を眺めたり、お気に入りの場所で一日を過ごす。

そうしていると、またカノジョが戻って来る。

玄関先でワタシの名前を何回も呼ぶので、
仕方なくお出迎えに顔を出す。

するとカノジョはとても嬉しそうな顔でワタシを見るので
面倒くさい時もあるけれど、悪くはない。

しばらく愛想を振り、また自分の定位置へ戻る。

この後ごはんは一緒に食べ、
どちらかの気が向いたら遊んだりもする。

そして別々の部屋で寝る。

そうやって毎日を過ごす。


けれどここ数日、
目を開けるとカノジョがいつも目に入る。

カノジョがそこにいると窓の外も見えないし、
お気に入りの場所にもいけない。

ワタシ自身、定位置から一歩も動くことができないのはおろか、
立ち上がることも、顔すら持ち上げることができない。

・・・しばらく何も口にしていない。

カノジョが口に入れようとしてくるけれど、受け付けない。
わずかに喉に流れてくる水分を飲み込むので精一杯。

お気に入りの毛布をかけてもらった。

なのに、とても寒い。

息も苦しくて、眠ることもできない。

カノジョが傍にいなくなると不安を感じ、
視界に入るとつい、「ここにいる」って力を振り絞って声をかけてしまう。

・・・けど口がパクパクなるだけで声は出ない。

それでもカノジョはワタシに顔を近寄せ、
「大丈夫、いるよ」って言って頭を撫でてくれる。


カノジョにとっては凄く短い時間、ワタシにとっても長くはないけれど
カノジョが感じるよりはもう少し長い時間を一緒に過ごした。

・・・言葉が通じなくても思いが伝わるくらいは。


次に目を開けた時、カノジョの顔を見れるかわからないけれど
名前を呼ばれたら、仕方ないからまた、顔を出してあげよう。

そうしてあげないと、カノジョが悲しむから―――


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