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『母を亡くして』…存在証明➀

人が死ぬ。
その数日後には葬儀が行われる。
死んでから、姿かたちがなくなるまではあっという間だ。

けれど一方で、
その人が生きた証は、いろんなところに存在する。
思い出のことじゃない。
たとえばクレジットカードや銀行口座のことだ。

「銀行口座は最後まで止めるな!」。
経験者から迷信のように聞く。
実際、私の叔母も夫の死後、早々に口座を閉じてしまい、
葬儀代を払うのに苦労したらしい。
そんな話を聞いても当時、私は気にすることはなかった。

火葬には役所への死亡届の提出が必要。
けれどその提出が金融機関に自動的に連絡されるわけではない。
おかしな言い方になるが、
クレジットカードが使われる=母が存在している。

          *   

母はクレジットカードを10枚ほど持っていた。
駅ビルやデパート、スーパーマーケット。
ポイント付与につられて、勧誘されるままに加入したのだろうか。

解約にあたっては、カード裏の連絡先に1枚ずつ連絡した。
昨今は音声ガイダンスが主で、
オペレーターに繋ぐ、という選択肢が出るまでの道のりは長く、
そこまでたどり着いたとしても、人間と話すまでさらに待たされる。
なかには、最後まで聞いてもオペレーターにつながれないカードもあった。
そんなときは違うとわかっていても、“盗難、紛失専用番号”に電話する。
「母が亡くなり…」と言えば、雑に扱われることはなった。

「解約だろ、3番だよ」
カードの解約手続きをするにあたり、
自動音声をスピーカー機能にしていたら、父が横から声をかけてきた。
解約という選択を選ぶ気持ちもわかるが、
私は名義人ではないし、カードの利用状況がわからないのは不安。
万一、負債が残っていたら、解約後一気に支払いを求められる。
オペレーターと話して詳細を確認したほうが安全だと思った。

そうやって何日もかけて、
10枚近いカードを解約した最後日。
そのカードは他とは違い、
キャッシュカードにクレジット機能が搭載された一体型。
連絡先に電話すると、
すぐに簡単に人間が出て銀行名を名乗った。
口座は凍結した。

(了)