旧型客車は自由だ!2

 旧型客車がいくら自由だと言っても、一応「それらしさ」を表現する場合に必要な知識はある。

 スハ43とオハ35だとスハ43の方がちょっと上。とか、オハ35よりさらに古いスハ32は追われる立場だったとか。そうすると、スハ43を増やした方が幹線筋の急行っぽいかなとか、オハ35やスハ32で編成を組むと国鉄末期設定ならローカル線かなとか考えられる。
 あ、編成の最後尾はだいたい緩急車ね。

 あと戦後の製造なのにローカル線に追われるのが早かった仲間にいわゆる60系客車(の普通車)がある。オハ61とかオハフ61とか、座席間隔は狭く、背中は板張り、台車はTR-11だった。
 蒸気機関車なら8620、C58、C11辺りが似合うのかな。ディーゼル機関車ならDE10だろう。

 グリーンマックスの「帰省臨時急行セット」にスハ32やオハ61の姿は無い。しかしこれは後の時代を再現しているからで、予備車をかき集めた幹線筋の臨時急行にオハ61等が混じる事は1960年代にはあったらしい(詳しくは調べていない)。

 1970年代後半や1980年代となるとオハ61等はローカル線で使用されていた。しかし、これが臨時急行に混じる事がまだあって、国鉄末期に至っても「臨時急行いよ」に混じっていた事が知られている。

 まだ「グリーン車」と呼ばれていない頃には、田舎の準急、快速にも短い編成であっても「ロ」が連結されている事があった。「ロ」に乗る階級というのがあったり(後に自家用車に移行したりするようだが)、たまの贅沢だったりらしい。気動車でもキロ25、キロハ25がある。
 この辺、いくら「並ロ」でも全室のスロ、オロより半室のスロハ、オロハの方がそれっぽい。しかし、「並ロ」ってNゲージ製品無いんだよな。中村精密(後にモデモに金型が移る)の製品を頑張って探すしかないか。

 あと、普通列車に1両だけオハネフ12が連結されている列車もあった。「からまつ」、「山陰」、「ながさき」といった愛称の付いた列車だった。愛称が無いと予約で困るらしい。

 オハニやスハニ、オハユニが付いた列車は急行にもローカル線にもあって、特急用がローカルに回った例もあったけれど、幹線筋で編成の半分ぐらい荷物車という例もあったようで、こうなるとどっちがおまけか分からない。

 自由な旧型客車の代表に混合列車がある。オハフ61とかスハフ32の後に貨車が繋がっていたり。ただ、気を付けなければならないのは機関車と客車の間に貨車を入れる場合は、客車に独自の暖房が付いている設定にしなければならない。「ストーブの煙突が出ている」とか「床下に気動車用の暖房が付いている」とか。
 でも清水港線や尼崎港線のように短い路線では本当に暖房が無かったんだけど。

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