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「観終わりモヤる」『国葬の日』の話を二人のキーパソンに聞きました(前田亜紀さん編)


©️「国葬の日」製作委員会
(以下場面写真は同)


Introduction
9月16日公開の映画『国葬の日』は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』の大島新監督による、2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬が東京・日本武道館で行われた「一日」を記録したドキュメンタリー映画だ。
東京、山口、京都、福島、沖縄、札幌、奈良、広島、静岡、長崎。全国10か所でカメラを回し、街の人にマイクを向けた。
世論調査では、賛成4割、反対6割。どのメディアでも反対が賛成を上回っていた。
ただ、街に「反対」の声があふれていたのかというと、取材に応じた人の多くは「どちらかというと……」と前置きしてから話しはじめる。賛成であれ反対であれ、明確に考えを語る人はごく少数。「国論分断」と言われたりもしたが、はたしてそうだったのだろうか?

大島監督はプレスリリースにこう書いている。
「日本人の多くは、少数派の側にいたくない。この数年、私がつくづく感じていることです。だって、そのわずか2か月前、安倍さんが亡くなった2日後に行われた参議院選挙で自民党を大勝させたのも、日本の有権者でしたから」
さらに、自身がつくった映画を観てこう言い添えている。
「完成版を観て大変困惑しています」

監督が自身の作品に「困惑」するとはどういうことか?
ある日の試写後のティーチインでも、大島さんは「困惑」を口にしていた。
その理由を聞いてわたしは、うんうんと頷いた。
『国葬の日』は、「どちらかというと」と前置きし、周囲の目を気にかけながらしか話せない。そういう「日本人らしさ」を映した映画なのだなとおもった。
翌日には賛成と反対が逆転していても、驚きはしない。映像の空気は正体のないフワフワを捉えていた。
その中で、ちからづよい「希望」を感じる場面があった。
豪雨に見舞われ、浸水被害に遭った(映画を観てはじめてそんなことがあったと知る)川のそばの住民と、泥を掻き出し、家財の運び出しを手伝う高校生の一団を捉えたカメラだ。
国葬の取材で訪れたにもかかわらず、カメラはただただその光景を追っていく。
「国葬をどう思います?」と聞かない。それどころじゃないんだ、という眼前の現実。カメラの前で話しだす、おばあちゃんの声に、うんうん。高校生たちとのやりとりにハラハラ、ドキドキした。
いい映画だなあと思った。

8月。都内の大島監督の事務所(ネツゲン)を訪ねた。インタビューを申し込んだのは二人。ひとりは前田亜紀さん。『国葬の日』の企画立案者にしてプロデューサー、沖縄撮影も担当している。もうひとりは、件の静岡取材と撮影を担ったフリーディレクターの込山正徳さんだ。

前田さんが、インタビュー場所の会議室に公開直後の『シン・ちむどんどん』(監督・出演/ダースレイダー&プチ鹿島、プロデューサー/大島新、前田亜紀)のポスターを手にあらわれ、「あ、(間違えた)」。あわてて持ち帰ろうとするので、『国葬の日』のポスターと並べていただくようにお願いした。

前田亜紀さん(撮影/朝山実)
1976年生まれ。「情熱大陸」「ザ・ノンフィクション」などテレビドキュメンタリーの制作多数。
『カレーライスを一から作る』(16年)を監督、同名書籍も執筆。
11月公開の監督作品に、選挙にとりつかれた男、畠山理仁を撮った
『NO 選挙, NO LIFE』。
プロデュース作品に『シン・ちむどんどん』『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』


話す人/前田亜紀さん(『国葬の日』プロデューサー)
聞く人/朝山実

聞き手(🌖以下略) 二回映画を観て、「間(ま)」が面白い映画だなぁと思いました。
街の人に「あなたは国葬についてどう思いますか?」と訊いていく映画ですが、取材者がどのタイミングでその質問を切り出すのか。訊かれる人も、カメラの前でどう答えようか。ちょっと間が空く。いろいろあるものの、答え方がとても似ているのが、日本人だなあというのを感じました。
面白かったのが、京都の平安神宮前で露店をたたんでいたオニイサンたち。イベントで出店していたテントをバラす作業をしながら忙しそうに「頑張ってはったから、しはったらいいと思います」と答える。
札幌の屋外で、結婚披露の記念写真を撮影しているところをカメラが映し、終えたばかりの礼服姿のお父さんが背筋を伸ばし、はっきりと意見を語るところ。華やかな白いタキシードの余韻もあってその姿が記憶に残りました。
はっきりということでは、奈良の大学生です。ただ、多くの人が「どちらかというと……」と前置きするのには「日本だなあ」というのと、答えるまでの間が印象に残りました。相手の反応をうかがいながら意見を決めていくというのか。

前田さん(以下略)    うんうん。ありがとうございます。

🌖それで、前田さんにお聞きしたかったのは、沖縄に行かれていますが、撮影も前田さんが?

はい。私ひとりだったので。

🌖辺野古で、米軍基地移設工事に反対して座り込みをしているゲート前で撮影をされていますが、撮影場所はその一か所だけ?

あと、すぐ近くのカフェですね。というのも、あの日は当日入りだったんですよね。
朝3時半くらいに家を出て、始発の飛行機に乗って3時間。空港からバスで辺野古まで3時間。片道6、7時間かけて到着したのが、11時だったのかな。
9時、12時、3時と一日3回、座り込みを毎日やっているんですけど、朝イチには間に合わなくて。あと2回の座り込みを撮って、近くの喫茶店に移動して撮ったら、もう最終バスの時間で、あわてて帰ったんですよね。

🌖沖縄とんぼ返りだったんですか?

そうです。鬼の日帰り強行突破です(笑)。
なぜかというと、私がプロデューサーだからなんです。前日の夜まで、ずっとスタッフの機材の仕込みや、みんなのチケットのやり繰りをしているうちに最終便の時間は過ぎてしまい。尚且つその日も帰ってすぐにやらないといけないことがあったので。

🌖飛行機のチケットは前日に?

そうです。なかには前々日のひともいましたが。というのも、3日前になって大島さんが思いついた企画なんですよね。そこから場所とスタッフの選定にかかり、という。

🌖3日前というのもすごいですが。それで、沖縄を前田さんが担当することになったのは?

それは私が、すでに辺野古に2回行っているということで土地勘があるのと、山城(博治・新基地建設に反対する運動のリーダー)さんたちのこともお会いしているので。いきなり行くと、あそこはどうしていいのか分からないんですよね。どのタイミングで撮ったらいいのか。どこまで入りこんでいいのか。
そういう意味では(今回の映画の撮影班の)ほかの人と比べて、ちょっとズルいというか。どこを撮ればいいのか、まず街をうろつくというのはせず。どこで撮るかというのは、こういう撮影ではディレクターの力量が問われるところですが、最初からここに行けばどういう声が撮れるかというのは掴めていたので。
もちろん私は反対意見だけでなく、賛成意見も撮りたいと思ったんですが。賛成の声を撮ろうとしたら、それをまた狙って用意していかないといけない。

🌖とりあえず現地に行って、これと決めずに声を拾うというのは難しい?

何というんだろう……。意思がはっきり表明されている場所ではあるので。
東京とかの都市部を中心に反対運動が盛り上がっていったのと違い、辺野古はずっとやってきている中での「一日」なわけですよね。逆に、そういう彼らに、東京の盛り上がりはどう見えているのだろうか? 
クールなものがあるのかなあという興味があって、足を運んだんですよね。座り込みを続けることに意味があると考えてやっている人たちですからね。
ただ、山城さんに訊いてみたら、「日本全国でこういう動きになっていることは嬉しい」と肯定的に捉えられていて。

🌖そのあとで撮影されている、カフェの女性店主さんが話されていた、反対と言ったところで「一週間もしたら、冷めてしまうから」。これまでも、ずっとそうだったからと落ち着いた声で話されているのが印象に残りました。

そうなんですね。反対ではあるけれど、とクールにとらえられていて。

🌖市井のひとの受け止め方として印象深かったのは、亡くなられた安倍さんの地盤である下関の昔ながらの喫茶店で、カウンターを挟んでママさんに聞いている。

なあーんてことのない。いいですよね。店構えも、どこにでもありそうな喫茶店で。

🌖ああいう亡くなり方は「かわいそう」とママさんが話す。「会ったこともないけど」と言い、「こういうところだから、反対賛成は禁止。誰がいるかわからんから」と声をおとす。カメラがパンしてカウンターを映すと、居合わせた常連さんらしい女性客ふたりが、店の小さなテレビの中継を見上げている。何ということもない。これが日本の空気だなあというのを感じました。

たしかにそうですねえ。

🌖それで、前田さんが撮影された辺野古で気になったのが、座り込みをしている人たちの後ろで整列している制服のガードマンたち。全員フルフェイスのため表情がよく見えないんですが、カメラが二度アップになるくらい近寄っています。あのアップは意図して撮られたものですか?

そうですね。この人たちは何を考えているんだろうか、という興味が。いつも行くたび、話を聞いてみたいとは思うんですよね。ただ、私の中では、とくにすごく狙って撮ったという意識はそんなにはなくて。

🌖あれはズームで?

うーん、ズームしていたのかなあ。寄っていっていたかもしれないですよね。

🌖あのアップを見て、おもい浮かんだのが、1970年前後の三里塚(成田空港建設反対)闘争を農民側から撮った小川(紳介監督)プロのドキュメンタリー映画の中で、機動隊と向かい合う農民のおっ母たち越しに、若い機動隊たちをカメラがとらえていた。顔を克明に映していて。おっ母たちの訴え、ときに怒声を浴びながら「無言の盾」になっている若者の内面を考えさせる。今回それがふと浮かんだんですね。辺野古のこの場に立つこの人たちは、どんな心境でここにいるんだろうと。

そうなんです。あの人たちは、もう微動だにしない。何が起ころうがビクリともしない。心を無にしているように見えるんですよね。

🌖あそこで彼らにマイクを向けるというのは無理なことなんですか?

うーん。やってこなかったのと、このタイミングでは絶対に答えないだろう、まず話は聞けないというのがあって。それでも、答えないというのを撮るという選択肢はあったのかもしれないですけど。

🌖人間って、ここまで自分をロボットのようにできるんだというのが印象に残ったんですよね。仕事とはいえ。

それでいうと、機動隊の人たちのほうがいろいろあるんですよね。あれだけ毎日のようにやりとりしていると、座り込みをしている人たちとも関係性ができてくる。会話したりして。
これは別の機会でしたが、山城さんに「関係性は出来てくるんですよね?」と訊いたら、「ナアナアになっていると思われると嫌なんだけど」と断ったうえで、長く続けるということはお互いに関係性ができていくもの。お互いのルールを守るというのがベースにあってのことなんだけど、という話をされて。
私が最初に行ったときには、座り込みの現場の横っちょで、機動隊の人と立ち話をしているのを見たときは、びっくりしました。しばらく見ていくうちに、お互い人間だもの、それはそうかと思うようになりましたけど。
ただ、警備員とはぜんぜんそういう場面はなかったですね。

🌖それは何が違うんでしょう?

うーん……、何なんだろう?

🌖機動隊のほうがより権力側で「敵」にあたるものなのに。

あそこで攻めてはいけない順番のようなものがあって。警備員が一列に並んだその奥、ゲートの中に沖縄防衛局の人が必ず立っているんですね。その人がいちばんの権力者で。二番目が機動隊。この人たちは、映画を観てもらったらわかるように座り込みしている人たちに「自分で立ってよ」とか言いながら起こしていく。

映画の中では、暴力的に排除するのでなく、何人かで抱えられてズルズルと移動させられる。衝突するわけでなく、やむなくというか。つづけるということは、こういうなんだなあというのは見てとれました。

それで、あそこで何の権力も持たないのが警備員の人たち。だから、この人たちを攻めても仕方ないしというのがあって。警備員は「壁」みたいな存在になっているんですよね。

🌖壁、ですか。

そう。警察は権力をもっているから、「このやり方はおかしいだろう!!」と抗議したりするんですけど。警備員とはそういうのもないので。彼らは号令がかかったら整列し、また退く。会話をするきっかけもないのかなと思いました。

🌖なるほど。

それで、彼らは地元の人だけじゃなくて、本土から来ていることが多いんですよね。

配給宣伝の「東風」スタッフMさんから 地元はかえってやりづらいでしょうから、というのは聞いたことがありますね。警察も各地から集められてきているし。

機動隊はそういう意味では、(座り込んでいる人を移動させるのに)直接に手を触れるし。関係性が生まれるんですよね。「立ってください」というのもそうですし。でも、確かに反対派の人たちが警備員の人たちをどう捉えているのかというのは、これまで聞いたことはなかったですね。

🌖そうそう。これは最初に訊くことでしたが、この映画の発案は前田さんなんですよね?

大島さんに何度か、「国葬」を映画にしませんか、すくなくとも記録しませんかと声をかけてはいたんですよね。そのたび「いやあ」という返事で。

🌖それは、よくあること?

いや、そんなことないですね。だいたい、私が止めるほうですから。今回めずらしく、逆なんですよね。『劇場版 センキョナンデス』のときも、「ほんとうにやるんですか」と私が訊き返していたぐらい。私は常に石橋を叩く派なので。

🌖プロデューサーという役割として、前田さんはそうしているということですか?

役割というよりも、そう思うからですね。『なぜ君は総理大臣になれないのか』のときも、最初に企画を話されたときに「誰が観るんですか? 誰も知らない国会議員の映画を撮って、お客さんは来るんですか」って。ええ。思ったまま言いました。

🌖そのとき大島さんはどういうリアクションされたんですか?

どうだったかなあ……。そうだねえ、という感じだったかなあ。でも、やるんだという意思は揺るがないんですよね。どうあってもやるというから、「では手伝えることはします」というしかないですよね(笑)。
実は、あのときは、その前に『園子温という生きもの』(2016年)という映画をやって、大負債を負ったんですよね。一千万円くらい赤字で。しかも私はプロデューサーという立場で初めて映画に関わったので。びっくりして。映画って、こんなに損するの!!って。
しかも後ろに日活がついて、その人たちの言われるままについていっていた。試写会をやれば、もう入りきらないくらいお客さんが来たんですよ。マスコミ試写で。謝って、帰ってもらうぐらい。だから、これはいけるぞ!!と。

🌖ヨッシャ!!となっていたんだ。

で、フタを開けたら、劇場はガラガラ(笑)。試写会に騙されちゃいけないと思いましたよ。
それで経理には、いつかリクープしますからと言うんですけど。どうやってリクープするんだろう?と。そのまま赤字は塩漬けになり。それがあったものだから、映画ってどれだけ恐ろしいものなのか。劇場に足を運んでもらうということがどれだけ大変なことかというのを、まざまざと体感したわけですよね。

🌖最初の作品でね。

そう。だって、毎日毎日、小銭の音しかしないんです。日報(劇場の観客数)を見ると、チリーンと音が聴こえてきそうな。これ、いつかお札になるんでしょうか?とコワイ経験をした一年後、いや、あれは公開直後ですね。大島さんが、小川さんのあの映画の企画書を書きだして、「このひとはヤケになって、頭がおかしくなったの?」と。

🌖まだチリーンの頃に次の企画書を書いていたんだ。

まだ公開中の頃でしたよね。園さんよりもさらに知名度のない政治家を主人公に映画を撮ろうなんて、どう考えてもマイナス要素しか浮かばない。そのときから私は、大島さんが何か言い出すたび石橋を叩くようになったんですよね。

🌖なるほど。それで今回、その前田さんがこの企画の言い出しっぺになられたのは?

これは、とんでもないことだと思ったんです。民意の多数が反対しているのに、強硬されようとしている。しかもやる意味がわからない。ただ、強硬といえばオリンピックもそうだけど、国葬は段違いにヤバイ。これは歴史に残ることだぞと思った。それで大島さんに声をかけたんです。何か記録に残しましょうと。一生懸命に大島さんに言うと、「いやあ、テレビのニュースがいっぱい溢れるでしょう」と。

🌖乗り気でなかった大島さんのスイッチが入るのは後日、足立正生監督が安倍元首相銃撃事件の山上容疑者をモデルにした劇映画(『REVOLUTION+1』)を国葬の日に上映するという騒ぎを知り、83歳の監督が批判を覚悟で映画を作っているのに、と心に火が点いたという。大島さんは妙なところでスイッチが入るんだなあと思いました。それで突然、あの企画をやろうと前田さんに連絡が入るんですよね。

いちおう足立さんのことを知ってというか。何かやらなければと思ってはいたけれど、プランが思いつかなかったので静かにしていたのだと思うんですけど。突然「10都市でやろう」となって。

🌖いつも大島さんはそういう感じなんですか?

基本的には入念に準備をしてとりかかるひとなので。今回のように3日前に「やるぞ」と言いだすことは初めてですよね。いつもは私が止めに入るほうなので、大島さんも「さすがに3日前ですよ」と止められるだろうと考えはしたんでしょうね。
でも、送られてきた「10都市で撮る」という企画書を見て、やりましょうとすぐ返事したんですよ、私は。逆に「反対されると思ったのに、いいの?」と大島さんが驚いたという。

🌖おかしいです、おふたりのやりとり(笑)

10都市を、クルーを配置してとなると人が集まるのか?  3日前ですからね。準備期間がなさすぎですから、止めてくれたほうが気は楽だというのもあったかもしれないですよね。大島さんにしてみれば、それが背中を押されてしまった。
それで、東京は大島さんが担当することになり、メインカメラマンを誰にするのか。そのカメラマンが決まらなくて。「これが決まったら」とすこしだけ逃げ道を残しつつ。その間も各地のスタッフをあたっているという、すごい状態だったんですよね。

🌖カメラマンとディレクターの人選と配置は、前田さんが?

いえ、それは大島さんと話し合いながらですね。10か所の場所は先に決まって。ここに行ってくれる人は誰かいないかという感じでしたね。まず地の利のあるというのを念頭に、アから順番に探していく。どこどこ出身というのを見つけては電話し、「明日なんですけど……」と。

🌖人材あっせんみたいですね(笑)。

そう。すこし話を戻すと、大島さんがなかなか話に乗らなかったというのは、私とは見方が違っていたんですよね。私は、「反対6割」という世論調査に希望を見たんですよね。だいたい世論調査というのは悔しい思いをすることが多いんですけど。
いっぽう、大島さんは絶望にちかいものを見ていたんですよね。気持ちが変わりやすい日本人。多数に流されやすい。「またか」というふうに。
でも、わたしは希望を見ていた。そこの違いはあったと思います。

🌖そのズレは面白いですよね。大島さんが試写会後のティーチインで話されたことで印象に残ったのが、安倍元首相の事件のあった奈良のあの場所でインタビューに答えていた実直そうな学生。彼のしっかりと自分の考えを話す姿勢に希望のようなものを感じたというようなことを言われていた。

ええ。心に残ったと話されていましたね。

🌖そうですね。ほかの人たちが空気を読みながら答えていたのに対して、しっかりと考えを口にする。そのことを大島さんはポジティブな受け止め方をされていた。そうだなあ、という印象とともに、わたしは、あの若者の生真面目に危うさを感じもしたんですよね。
一度演説を聞きにいったときに安倍さんが気さくにスマホの写真に収まってくれたという。その写真を見せる。好青年の印象とともに、こんなに純真で大丈夫かなあとも。昔、オウムのドキュメンタリーを撮った森達也監督の『A』に出てきた若者たちを、たとえにするのは違うかもしれないけれど、おもい浮かべたりしたんですよね。よし悪しでなく、うまく言えないんだけど。観終わってからもあとを引いたところでもあって。

私は、あそこまできちんと自分の意見を語る安倍支持の若者をはじめて見たなあと。いい悪いではなくてね。若い世代には安倍さん支持が多いというのは聞いているんですけど、ここに実在したという。わりとあの場面、私は素直に「君はそうなんだね」と受け入れていました。だから意見に対して、どうとかは思わなかったです。

🌖彼とある意味、対比的だったのが、最初のほうの京都のシーンで登場する露店の若者。テントの片づけをしている最中にインタビューに応じ、ひとりが「国葬? 知らんかった。頑張ってはったから、しはったらいいと思います」と言い、アニキ分っぽいもうひとりが「ボクはよう分からないですけど、大統領やったひとやから、やってあげたらエエんとちゃいます」と愛想よく答えていた。
試写の会場で、笑いが起きていました。「エエんとちゃいます」というまったりさ、「大統領」というのと。言いながら彼らは手を一瞬も止めていない。早く撤収しないといけないというのと、(俺ら、ほら、仕事のほうが大事なんよ)という言外のリアリティが伝わってきて。大統領というのも、あれ、わざと口にしたんじゃないかなあとか。

「大統領」には、私も笑いました。あれは、わざとじゃないんじゃないかなあ。大統領と思っていそうな人、ちがいがわかっていない人はけっこういるんじゃないかな。

🌖そうなのかなあ。それで、あともう一点。札幌の公園らしきところで休憩していた二人の男性にインタビューし終わって、取材者がIT関係ですか?と訊き、「いえ、コールセンターです」とひとりが答え、「あ、そうなんだ」と気まずそうな間があくのが印象に残りました。一瞬のことですが、気まずい感じというか。

たしかにそうですね。ディレクターが驚いた感じがあって。不思議なシーンですよね。

🌖この映画の編集マンがすごいなあと思ったのは、国葬のテーマから外れた、あの気まずい間を削除せずにつなげている。何だか、もやっとする。そういうのを残していることです。

そう。越さん(ディレクター)は、何でITと思ったんでしょうかねえ。

🌖最後に、完成されたものを見てプロデューサーとしての感想を。

そうですねえ。余白の多い映画で、いろんなことを考えながら観るところがあっていいと思っているんですね。もっと強い印象をもつ映像はテレビとかで見たりしてきたでしょうけれど、それよりもグラデーションにちかいものを捉えている。いい映画だと私は思います。とくに音の作業が素晴らしい。
唯一主張しているのが、音だったかもしれません(10人のカメラマンが撮った音にはバラつきがあり、それを映画として現場の臨場感を残しながらまとめる作業は職人仕事になる)。あと、観た人の感想がみんな違うんですよね。試写での。このひとはこう思うんだとか、このひとは怒るんだとか。

🌖怒るというのは?

反対派にはもっと骨のある人がいたはずなのに、曖昧な人が多いのはおかしいだろうとか。そういうのを含め、この映画はリトマス試験紙っぽいなあと思ったんですよね。

東風Mさん たしかに、「大島さんも国葬反対だったんですね」と言われる人がけっこういて、それだけの映画じゃないんだけどなぁとも(笑)。なかには、何もひっかからず「?」という人ももいますし。リベラルの人たちが溜飲を下げる映画でもないので。

そうそう。そこがまた「余白」なんですよね。観終わって、スカッとするわけではない。誰もがみんな、もやっとする(笑)。

🌖観終わって、希望を抱いたのは清水の高校生たち。あの高校生たちに、いいものを見たと思いました。

では、その清水のディレクターが待っていますので、交代しますね。
(後編につづく)

『国葬の日』は9/16(土曜)よりポレポレ東中野ほか全国公開
詳しくは↓



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