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キャッチボールしたい石屋


「40㌔ぐらいの重さかな。手で抱えて入れようとしたら、コツンとあてちゃったんです。下の部分ですけどね、当てたのは。そうしたら対角線上の上の部分が、パチン!」

 松本高明さんの本業は、墓石の販売と設置だ。

●前回「墓じまいの現場ルポ」を読む☞ココ


「ゲンバビト」という「墓石」に関わる仕事人を特集したテレビ番組を見た際のこと、いくつもの工程を経て完成された墓石を霊園に設置する。その場面に見入ってしまった。
 炎天下にクレーンを用い、美術品のようにゆっくりゆっくり、墓石を慎重に取り扱う。ドキドキした。一基が百万円以上もするのだから。ピリピリとした臨場感。松本さんにその話をすると、「あってはならない」過去の失敗談が口をついて出た。

振動みたいなことなんでしょうかね。石の内部で表面からは見えない亀裂があったのか。木と同じ、何千年とかけて地中で固まったものを切り出し、磨いて、独特の色合いにしていくわけです。とはいっても石ですから。中がどうなっているのかまではわかりません」

 パチン!と音を聴いたときは、どうされたんですか?

「つくりかえました。さすがに接着剤で、とはいきませんから(笑)。『申し訳ありません。こういうことになりました』と施主さんに申し上げ、やりなおしました」

 その場合、松本さんのところで負担することになるんですか?
 
「それは仕方ないですよね。まあ、そういうこともなかにはあったりするんで、販売価格が高くなるということもあるんでしょうね」

 夏の日差しが残るころ、東京・新宿駅から京王線に乗り調布の先の駅のロータリーで待ち合わせた。
 大きな作業車か乗用車を想像していたら、松本さんが使っているのはダイハツのハイゼットカーゴという軽のワンボックス車。「小回りがきいて便利」なのだという。個人企業なので、折り目のきれいなブルーの作業着を制服にしている。

「安いので、こればっかり買っています。考えたりしないでいいので楽です」

 会社員時代はスーツだったというが、「お墓を売るのになんでスーツなんだろう」不思議に思っていたという。
 東京都府中市で石材店「石誠メモリアルサポート」を営む会社のホームページを覗いてみると、業務は墓石の販売に限らない。お墓のリフォーム、墓地の清掃のほかに「墓じまい」も請け負う。現場ごとの作業実例が詳しく写真に撮られ、丁寧な仕事ぶりがわかる。

 いまはインターネットの普及で「お墓」の原価まで素人に探り出せる時代。松本さんは、パリッとしたスーツでは逆効果になりかねないという。
 軽のカーゴに墓石は無理だが、墓誌や灯籠くらいなら載せて霊園内に入ることができる。清潔な作業着は風貌とあいまって「現場に立つベテラン」であることをアピールもできる。
 というのはあとづけで、理詰めに考えぬいたというよりも何が自分に合うか。感覚によるものらしい。服の着こなしが気さくな人柄を体現していた。

「掃除のご依頼は、大きなお墓をもたれている方になりますが、伸びた雑草をお彼岸やお盆の前にきれいにしておいてくださいというのが多いです。たとえば仙台に住まわれていて、多磨霊園に24平米もあるリッパなお墓があり、ご自分が行けないというお客様だとか」

 掃除も含め、社長の松本さんが率先して足を運ぶ。「小さな会社ですから」と笑う。現場がいくつか重なる際にはスタッフに任せることもあるが、60歳というのにフットワークは軽そうだ。
 20年以上も昔になるが、竹中直人が「何でも代行屋」という主人公を演じたハードボイルドタッチの映画の中で、お墓の掃除をしたあとに手をあわせ、自身をカメラで撮るシーンがあったのを思いだした。記憶の中の竹中直人と松本さんが心中で重なって見えた。

「つまり、懐具合がよかった時代の石屋のようにはいかないということです。とくに私なんかは、ひとが面倒だと思うことを仕事にしていくようにしています」



 松本さんが大手の石材店をやめ、独立して10年になる。常に現場に立ってきた。泥まみれ、ゲジゲジやムカデ、ナメクジが頭にひっつく。虫は大きらいだが、顔にださずに作業に集中する。お客さんも「よくやってくれているなぁ」と思ってくれる。いくらかはそうした期待感がないでもないと笑う。
「リフォームを頼むとなったら、このひと以外には考えられない。そういう僕のスケベ心はあるかもしれません」

 コツコツとした仕事ぶりが評価され、手ごたえを感じとるようになったのは「独立して3年、5年した後」のことだという。
 墓石というのは高価なものだ。一度購入した時点で顧客関係は終わるものだと思っていたが、「ちがうんですよ」松本さんは首を横に振る。リフォームやアフターケアが大事な仕事となるのだという。

「この業界、背広を着て、風を切って販売していた時代もありましたが、そういう時代でも、作業着で営業をされていた会社もあったんですよね。
 私がお世話になった会社の社長さんは、『経営はプロでないといけないが、現場は素人のほうがいいんだ』と公言する人だったんですね。営業マンにニンジンをぶら下げ、お客さんにはメリットのあるキャンペーンを展開しながら、業績を伸ばしていった」

 素人のほうがいいというのは、掘削し、運びだし、加工を重ね、職人の手によって設置されてようやく「お墓」が完成する。いくつもの工程を経る。墓石の販売価格も高額なものとなるが、もととなる素材の原石じたいは自然にあるもので、利幅が大きい。

「一般のお客さんは、仏事ごとだから、いくらですと言われたら、まけてくれとは言えないですよね。会社としても、営業マンがどれくらいの利幅があるものか、あまり詳しく知ってもらっては困るというのがあったんだと思いますね」

 松本さんが独立前に勤めていたN社はジャスダック上場企業で、霊園事業では大野屋などに次ぐ大手。「堂内陵墓(ビルの室内に自動搬送で骨壷が運ばれてくる)」のシステムを開発したことで有名だ。
 営業マン向けのニンジンの中には、「成績優秀者にはベンツの営業車」という褒賞制度もあったという。
 ベンツを見た顧客が墓石購入の決心につながるのかどうかはともかく、社員の奮起を煽る効果はあったらしい。

 松本さんもベンツで営業されていたんですか?

「私は」と首を横に振る。N社は松本さんにとって「お墓の業界」に転職した2社目の会社にあたり、支店長も務めた。退職せずにそのまま在籍していれば楽なサラリーマン人生を歩めたのではないかと想像するのだが、残りの人生を考え、独立を決断。

「自分が納得する仕事をしたい。そう思うようになったんですね」

 じつは松本さん。一度目の転機の際、次の働き先を決めずに辞めたという。

「だから、これまで家族には迷惑かけてきました」

墓石の職業につく前は広告マンだった。


 そもそも松本さんが「お墓」の業界に転職したのは30年近く前。前職の広告代理店勤務時代は、フッションショーを兼ねたイベント企画に携わっていた。高額の宝石や毛皮が飛ぶように売れたという。

その時々で販売するものはいろいろありましたが、ホテルや結婚式場を借りて販売するんです。それも地元の誰もが知る高級ホテルでないといけない。『えー、あそこに行ったの?』とうらやましがられるのがポイントです。それで、あまり詳しくは言えませんが、セールスレディをつかい、夢のような空間をつくりあげる。
 女性のお客さんを相手に『これまで貴女は家族のために頑張ってこられたんだから、ご自分にプレゼントをするのはいまですよ』といったトークで、高額な商品をローンで販売するんです」

 口調はソフトでよどみなく、30年経ってもスルスルと出てくる。担当していたのは企画とショーの演出補助で、招待客は着飾った地方都市のマダムたちだった。

「いいときは一日の売り上げが1億から2億近かった」

 そんなに売れたんですか?

「売れたんですよね」

 しかし、札束が舞う現場を見続けるうちに疑問に思うようになった。いまからすると幻にも思える光景だが、当時はトレンディドラマに登場するマンションのリビングには必ず洒落た絵や海外の人気写真家のプリントが壁を飾ってあった。経済は右肩上がりで、「贅沢は素敵だ」とマガジンハウスが宣伝し、パルコや西武百貨店が「おいしい生活」と煽っていた頃のことだ。

「広告というものはそういうものだとは理解していても、過大な付加価値を付けて高額化するということに疑問をもってしまったんですね」

 自身が扱う商品や仕事に一度でも疑問をもってしまったら、進路は二択だ。家族のためと自分をごまかすか、仕事を選びなおすか。考えた末に松本さんは広告代理店をやめていた。下の子供が生まれたのもきっかけのひとつになったという。

 転職した先はリゾート地やマンションなどの販売を手がける不動産会社で、千葉の外房に別荘地として確保していた土地を霊園にして販売する。松本さんは「新規事業」の営業マンとして採用された。
 仕事は「テレアポ」といわれる電話営業が基本。大部屋に三人がけの長机が並び、ひたすら電話をかけつづけた。

『○○さんでいらっしゃいますか? わたしは▲▲設計の○○と申します。突然で失礼ですが、お客様はもうすでにお墓をお持ちでいらっしゃいますか?』

 ファッションショーのトークもそうだが、マニュアルにのっとったものとはいえ松本さんの物腰は柔らかい。愛嬌がある。

「『ウチはもうあります』と言われると、『ああ、そうですか。すでにお持ちでいらっしゃいましたか。存じませんで、申し訳ございません。えー、ところで、どちらにお持ちですか?』というぐあいに、いろいろ探っていって、見込み客を探していくんです」

 営業ストークの定番は、「お墓参りは年に何回行かれますか?」。会話に弾みが出てきたところで、「見ていただいたからといって契約しなくてはいけないということもありませんので。まずは知っていただくことが仕事ですから」たたみかけるのがコツだという。
 
 脈ありとなれば間髪を入れず霊園の資料を送り、電話を入れなおし、お客さんから「一度見てみようか」とでも言ってもらえたら特急の乗車券を送り、当日は最寄駅に待機し、観光スポットを案内した。

「お昼は、特上のお寿司をごちそうする。当時3千円でしたかね」

 いたれりつくせりのツアーコンダクターのようなフォローで、いざ霊園へと案内する。ここまで親切にされ、契約しないわけにはいかない。心中「ええ、もう買うまで帰さない」という思いだったという。昔のこととはいえ松本さん「ここまで詳しく話すと……」話しすぎたかなという顔になった。
 
 ここで、話を「墓じまい」に戻すことにした。
 松本さんのところでは墓じまいも請け負われているそうですが、増加の傾向にあるんですか?
 
「うちなんか吹けば飛ぶような底辺ですが、それでもいま抱えている案件が8件。来月にするのが決まっているだけでも6件ですから、増加していると思います」

都営霊園でのある日の墓じまい。
僧侶は呼ばず、依頼者のご兄弟ふたりが立ち会った。




 

 松本さんに「墓じまい」についてインタビューしたのは8月のことだ。近年、故郷の墓地に通うのが大変だからと都内にお墓を求めるケースもあれば、子供がいないなど継承者がなく自分の代で家の墓を閉じる場合など事情は様々だという。
 松本さんの仕事は、いまあるお墓を更地にして元の状態にして管理者に返還するまでの作業全般に及ぶ。遺骨を取り出すにあたっての役所への書類申請といった煩雑な「代行業務」も一括して請け負うことが多い。

「私のように小さなところにまで依頼があるということを考えると、いまは相当な数があるということだと思います」

 こういっては失礼だが、松本さんのところは個人経営の小さな会社だ。顧客はどのようにして松本さんのところにたどりつくのか。

「いちばんはホームページを見たという。あとは紹介ですかね」

 個々の家の事情は異なるものの「墓じまい」に関して大枠で共通するのは、遠方にあるお墓を近くに移したということだ。手続きが手間なのと更地にする費用はかかるが、公営墓地の場合だと支障なくすすめることができる。しかし寺院の墓地は、最初の手続きを間違えると法外な「離檀料」を請求されるなど厄介なことになりかねない。そうしたことから法律的な専門知識をそなえた行政書士などが仲介するケースも増えていると聞く。

「実際、行政書士さんや弁護士さんからも実務的なご相談の電話を受けたりします。ただ、法律が絡んだりする案件はなるべく上手にお断りするようにしています。(本来の業務外のことに時間をとられ)これまでにも法廷に出廷してくれということもありましたから」

 これは、いまさらな質問になりますが、松本さんは「お墓は必要だ」と考えられていますよね?

「もちろんです」

 ビシッとした口調だった。当然な回答だろうが、あえて質問をしたのは「墓じまい」に関して松本さんが、ある週刊誌の取材を受けていたからだ。じつはこのインタビューもその記事を目にして話を聞いてみたいと思ったのだが。

「ある法要の席だったんですが、お坊さんから言われました。『この人はね、このあいだアエラという週刊誌に大きく出ておられたんだけど、『お墓はいらない』という特集だったんですよ』と。まあ、インパクトはあるタイトルで、ちょっとショックでしたね(笑)」

 たしかに墓石屋を看板にしているにもかかわらず「お墓はいらない」というのではシャレにならない。編集者やライターから特集のタイトルについては事前に耳にしておらず、届いた雑誌を見て衝撃を受けたという。
 それはそうだろう。取材の協力を仰ぎながら発売日すら連絡しなかったというのは基本的なマナーにもとると思うのだが。それはともかく松本さんは「私自身は、お墓は必要だと思っています」という。

「お墓は死んだ人のためのものというよりも、生きている人のものだと思うんです。ですから、手元供養というのが流行っていますが、それも考えようによって、私はお墓だと思います」

 形はどうであれ、残された者が手を合わせる対象は必要だというのが松本さんの考えだ。そうなると「墓石」にとらわれなくともいいということになるのでは?

「そうですね。たしかに『石』でなければいけないということはなくなるかもしれませんね。わたしたち石屋にとって石はメシの種ではあるんですが(笑)。ただ、わたしの場合、墓石の販売もそうですが、メインとなる仕事は、納骨と彫刻だと思っているんです」

「彫刻」というのは、墓石に文字を刻むということですか?
 
「そうです。お墓や墓誌に名前を刻みます。お墓を造るといったら、いっぱい業者がいます。これからはもう自分で造ろうという人が出てきてもおかしくない。公営の霊園だったら、施工指定の範囲内で形も自由です。極端な話、ブロックを積み上げたお墓でもいいですし、実際そうされる方はいませんが、土の中に骨壷を埋めるだけでもかまわない。
 いまは、一人のお客さんを相手に値引き合戦をしているような状況です。そんな中で、私のところのホームページをわざわざ見つけて相談しに来られるというお客さんは、ただお墓が必要だというのではない。キャッチボールをされたいんだと思うんです」

 キャッチボール、ですか?

「そうです。なかには値段をいかに安くするかを求められるお客さんもいらっしゃいますが、私は値引きの勝負はしないことにしています。
 キャッチボールというのは、お客さんに対して『それでしたら、こんなお墓はどうですか』『いやいや、こういうものにしてほしい』。意見をぶつけ合いながら形にしていく。そういうものを望んでおられるんだと思います。手前味噌かもしれませんが」

 松本さんは「彫刻」と「納骨」は、よそには負けないと言い切る。

「お墓のカロートを覗きこんだら蛇がいたりしますし。トカゲやナメクジがいるのはしょっちゅうです。そこでご遺骨を取り出して、きれいに水で洗いおとし拭いていく。それを丁寧にする。安売り競争になるのは致し方ない時代だとは思うんですが、僕ももう60を超えたんで、もうそういう競争はいい。80まで現役でいたいと思っていますが」

 80まで泥まみれで現場に(笑)。

「そうです、そうです。髪にナメクジをくっつけながら(笑)。
 納骨の日に、ご家族に『ちょっと太ってきているんで出られなくなるかもしれません』と冗談を口にしながら(カロートに)入るんですが、『わたしたちが助けますよ』と笑ってもらったりして」

 ところで、お墓のリフォームのほうは、古くなった墓石を新しいものにされるといいうことですか?
 
「石塔を造りかえられたりする場合もありますし、たとえばお子さんがお嬢さんたちなので、従来の『○○家之墓』から、洋風の横型のものに『愛』とか『希望』といった言葉をメインに刻まれる。ただ、愛とか希望だけだと一見してどこのお墓か分からなかったりするので、別のところに家名を入れましょうとアドバイスしています」

 そうした文字のデザインとかを松本さんが提案されるということですか?
 
「そうです。こういうのはどうですかと提案させていただきながら、ここはこうしてほしいというご要望をお聞きしていきます」

 松本さんは「キャッチボール」と言い表しているが、独立して開業することで、仕事の仕方も変わった。じっくりお客さんとのやりとりに時間をかけるようになったという。

 ここで、松本さんの携帯電話の着信音が。「あとで電話いたします」とスイッチを切る。駅の近くのビジネスホテルのレストランに入ってから2時間近く経過していた。

「すこし、しゃべりすぎましたね」
 この日、松本さん、実は取材を断りたいという気持ちだったのだという。

「これまでメディアの取材を受けたりしてこなかったのでよくわかっていないんですが、『本にするからお金を払ってくれ』ということではないんですよね」

 ああ、ちがいます。取材と称して、そういう広告を狙ったものもあるようですが、「弔い」の仕事に携わっているひとの話を聞くという趣旨のインタビューです。

「私はドロップアウトしている人間だというふうに自分のことを思っています。ご承知のように何も好き好んで人が入ってくる業界ではありませんので、お墓や葬儀というのは。話したことで参考になるものがあれば使ってもらってかまいませんが、私の名前は出してもらわないほうが」

 でも、松本さんはこの仕事に自負心をもたれていますよね。とくにホームページを見せてもらったら、ご自宅の前で奥さんと一緒に写られている写真のお顔がよかったんですよね。それでインタビューしてみたいと思ったんです。

「自負心というか、仕事が自分のよりどころというのはあります。昔の仲間に見られたら笑われるんじゃないか。そう思った時代もありましたよ。だけど、私くらいの歳になると後にひけないというのもありますし。写真はホームページを作ってくれた人が上手いだけで、ふだんはこんなふうに暗い男ですから。でも、そう言ってご興味をもっていただいて、ありがとうございます」

取材・写真/朝山実

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