はじめに

この小説は、私MONTANとholmiumによるユニット「Dos Gatos」４枚目のアルバム「ホルモンの森」から派生してできています。https://note.mu/dosgatos/m/m81afbc35a2f7

ホルモンの森に消えゆく人たち
01-9 寺田ひろみ(シンガーソングライター)の場合（最終話）

次の日、ユーコは外房線「大原駅」に立っていた。

朝１０時過ぎ。

昨日のことがどうしても気にかかり頭から離れられず、

気が付くと、都内から早朝の電車に飛び乗り、ここに来てしまった。

大原町は2005年で廃止になっており、書かれていた住所はいずみ市大原になって変わっていた。

太った中年女性のタクシー運転手は旧住所でも分かっていたので、すぐにその場所に向かって走り出した。

漁港のほうに向かい、しばらく海岸沿いを走り小浜八幡神社の手前にある民家の前に車を止めた。

「ここだと思いますよ。」

タオル地のハンカチで額の汗を拭きながら、運転手は言った。

「ありがとうございます。」

料金を手渡すと愛想よく笑い、ユーコが車内から降りると扉を締め、手慣れたハンドルさばきで方向を切り替え、あわただしく走り去っていった。

途端に静けさがます住宅地の一画。

左手には漁港が見える。漁港でもかなり端のようだ。

磯の匂い。あの時と同じ匂いがした。

古びた二階建ての一軒家。

木製の寺田の表札。狭い玄関の扉。

一見して人が住んでいるような気配はなかった。

門もない薄いベージュの建物。スリガラスの玄関。

ユーコは意を決して、呼び鈴に指を触れた。

しばらく反応はなかったが、何度か押してみた。

やがて背の小さな初老の女が玄関の扉をゆっくりと開け、

怪訝そうにユーコの顔を見ていた。

（寺田博子のお母さん？）ユーコは思った。

「どちらさん？」

「私は、寺田ひろみと長年親交を深めておりました、清水ユーコと申します。」

「はぁ？」

「あの、寺田ひろみの友達の、ユーコです。」

「ああ、ひろみさんの友達……、ユーコさんかい？」

女の顔がとたんに和らぎ、玄関の扉を広く開けると、

ユーコを中に招き入れた。

入ってすぐに狭い居間があり、右手奥のさらに狭い部屋に仏壇があった。

寺田博子のものだとすぐにわかった。

ユーコは仏間に入り、線香をたいて手を合わせた。

高校生の制服を着た少女が笑っている遺影写真。

引退した刑事から渡された資料と同じ顔だった。

その両脇には、バスケットのユニホームでボールを抱えて微笑む姿、もっと幼少時のやんちゃな姿、和服をきてオメカシした七五三、入学式、そんな思い出の写真がいくつか飾ってあった。

目を閉じ深々と頭を下げる。

磯の匂いに線香が交じり合う。

あの資料には、高校時代、バスケットボールの選手で、部活の帰りに交通事故にあい亡くなったと書いてあった。トラックに轢かれ、即死だったそうだ。

ユーコはそのことには触れず、仏壇に頭を下げ、この母親になんて切り出せば良いか考えていた。

すると母親の方から

「娘にそっくりだと思ったねぇ。ひろみさん…。」

ユーコの脇から仏壇に向かって独り言のようにつぶやき始めた。

「４９日が過ぎたあたりに刑事さんがやってきてねぇ。ひろみさんの写真をみせてもらったよ。名前の最後が違うけど、うちの娘かと思ったそうだよ…その刑事さん。」

「ひろみのことご存知だったのですね。」

ユーコは博子の母親に向きをかえて目線を合わせた。

「ひろみさんの声も娘に似ているんだよ。ラジオから流れているのを聴いてそう思ったよ。

何度も会いに行こうと思ったけど、できなかったねぇ。別人なんだし、向こうも迷惑だろうしね。ひろみさんの音楽を楽しみにしていたよ。娘は音楽なんてしてなかったのに、なんだが娘の成長を見ているみたいでねぇ。慰めてもらってましたよ。」

皺が刻まれだ浅黒い顔は遺影写真をみながら微笑んでいた。

「私は…なぜここに来たか良く分からないのです。」

ユーコは少し涙交じりに口を開いた。

「ただ、私の中で確信しました。ありがとうございます。」

ユーコは鞄から「書を捨てて森に行こう」のＣＤを取り出して仏壇に供えた。

博子の母親は何のことやら分からずにきょとんとした表情を見せた後、頭をゆっくりと下げた。

ユーコは駅まで歩いて帰ることにした。

昼過ぎ。６月の空、雲間から光がさしていた。

漁港沿いに歩いていると、美学生と思しきグループが画板を広げて水彩画を描いていた。

思い思いの場所で絵を描いている人たちの中を、

ユーコはゆっくりと通り過ぎて行った。

了

illustration：holmium

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