01-7 寺田ひろみ(シンガーソングライター)の場合
はじめに
この小説は、私MONTANとholmiumによるユニット「Dos Gatos」4枚目のアルバム「ホルモンの森」から派生してできています。
https://note.mu/dosgatos/m/m81afbc35a2f7
ホルモンの森に消えゆく人たち
01-7寺田ひろみ(シンガーソングライター)の場合
2006年5月15日月曜日、都心に向かう空はどんよりとしていた。
ユーコは去年手に入れた赤いコペンで、八王子から渋谷方面にむけて走行している。
二人乗りの軽自動車、都内では小回りが利いて小さい方がなにかと便利だ。
車体は丸っこく、計器も丸いデザインはレトロチックで可愛らしさがあり気に入っている。
午前8時半ごろ、首都高は断続的な渋滞になってきた。
渋谷で仕事先との打ち合わせは午前10時だからまだゆとりはある。
今年12月出版予定となる占いとエッセイの本についてだ。ユーコは初めての著書になるので張り切っていた。先方が大まかにいくつかの本の構成を提示してくるので、それに対しての打ち合わせである。
打ち合わせが終わったら、寺田に会いに行く約束になっていた。
(ひろみのやつ、ちゃんと早朝ウォーキング、続けているのかな?)
ユーコがそんなことを思っていると、ふと胸騒ぎがしてきた。
一瞬、鞄の中の携帯電話が鳴ったような気がする。
寺田ひろみからだと、直感的に思った。
渋滞で車が止まっている時を見計らって、バックから取り出し、画面を確認してみた。
着信の痕跡はなかった。
ユーコは腑に落ちない気持ちを残したまま、打ち合わせ場所に向かった。
ユーコが寺田ひろみの家に着いたのが午後3時過ぎ。
お土産に寺田の好きなバニラのアイスクリームを買ってきた。
玄関前の呼び鈴を押すが反応はない。
何度かノックをして名前を呼んだ。
やはり反応はない。
(やだ、まだ寝ているのかしら?)
例により合鍵で玄関の扉を開ける。
(!?)
目に飛び込んでくる部屋の光景に愕然とした。
何もない。
引っ越しの後のように綺麗に片付けられた部屋だけがそこにあった。
家具を含め生活用品が何もない。あるのは部屋そのもの。
「なにこれ、嘘でしょ!」
片付けられたというより、寺田ひろみの暮らしていた痕跡がそっくり無くなってしまったかのようだった。
愛車に合わせた赤いヒールを脱いで、薄暗いキッチンの灯りをつけた。
古いシステムキッチンはそのまま設置してあるが、食器類はまったくなかった。
フローリングから足を通してひんやりとした感覚が伝わる。
電気は止まっていないし、ガスの火もついた。
ユーコは冷静になろうとしていた。
目を閉じ深い呼吸を何度か繰り返した。
ゆっくりと目を開けても変わらない光景。
奥のリビングに向かう。薄いベージュの壁があり薄汚れた白い出窓があるだけ。
寺田と過ごした2年間、その後寺田はひとりで暮らすことになり、ユーコは何かとよくここに来て友情を深めていた。
その10年間がまるで幻のように思えてきた。
ふと出窓の上に何か置いてあるのに気が付いた。
近寄ってみると、それは1枚のCDだった。
「書を捨てて森にいこう」寺田ひろみのデビューシングル。
ジャケットの写真。
ギターを抱えて草の上に腰を下ろし深呼吸をしているような寺田の横顔。
その向こうに深緑の森が見える。
ユーコは手に取って、それをまじまじ見つめていた。
知らないうちに、涙が溢れていた。
illustration:holmium
マガジン「ホルモンの森」
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ホルモンの森:第1話:ネコネコの森に帰って来たよhttps://note.mu/dosgatos/n/n10596e3bf6e3?magazine
Dos Gatos ホームページ http://holmium201312.wix.com/dosgatos
ブログ◆ユニット曲 迷子のツインスター「ホルモンの森」より
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