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第20橋 四万十川の沈下橋めぐり(高知県) |吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


日本の原風景にぴったりあう
とにかく絵になる橋

 パタゴニア地方でトレッキングをしたときのことだ。泊りがけだったのでリュックにテントなどのキャンプ道具一式を詰め込んで出発したのだが、水は買っていかなかった。道中で川の水を汲めばいいからだ。南米の大自然に圧倒されると同時に、そのまま飲めるぐらいに澄んだ美しい水に魅了されたのだった。

 以来、旅をしていると水が綺麗な場所へ妙に惹きつけられる。日本にも、いわば「美水スポット」のようなところがいくつかあって、例えば自分が愛してやまない郡上八幡なんかは最有力候補だ。そして、今回取り上げる四万十川もまた、そんな存在のひとつといえるだろう。

 川あるところに橋あり。四万十川といえば、橋好きな旅人にとって憧れだ。清流に架けられた橋の多くは欄干がなく、増水時には川に沈んでしまうことから「沈下橋」と呼ばれている。

 四万十川の沈下橋巡りは、上流から順に下っていくことにした。10年以上前にも来たことがあって、そのときは下流から上流を目指したので、今回は逆ルートを選択したのだ。

 最初に訪れたのが「岩間沈下橋」だった。到着してまず思ったのが、「遠い」ということだ。高知空港から車で3時間近くかかる。秘境とまではいわないまでも、「奥地だなぁ」というのが素直な感想だ。

 岩間沈下橋は四万十川の沈下橋の中でもとくにメジャーな橋のひとつだろう。観光地化していることもあり、橋の近くにはちょっとした展示があった。

 たとえば、ユニークなのが「床板ベンチ」。2017年に岩間沈下橋の一部が突如、折れ曲がってしまった。復旧作業を行う際に老朽化した床板を撤去したのだが、その床板をベンチに転用したのだという。

 ベンチは高台に設けられ、沈下橋の雄姿を眼下にできる。静かに座って、しばし絶景を堪能した。特等席である。

池間沈下橋の全景を撮るなら床板ベンチ付近がベストスポット


 ほかにも、演歌歌手・三山ひろしの歌碑が立てられていたのも気になった。ピカピカで随分と新しい歌碑なのだが、2020年に出来たものと知って納得。三山ひろしというと、個人的には紅白歌合戦のけん玉のイメージが強いが、ここ高知が出身地らしい。歌碑は、ボタンを押すと曲が流れる仕組みになっていた。その名も『四万十川』という曲だ。

 そういえば、以前に紹介した釧路の幣舞橋の袂にも美川憲一『釧路の夜』の歌碑が立っていて、曲が流れる演出がなされていた。橋というのは往来の場所であり、旅情にあふれる。哀愁が漂う。それゆえ、演歌が似合うのだ。

 続いて訪れたのが、「勝間沈下橋」だった。こちらも四万十川を代表する沈下橋で、『釣りバカ日誌』のロケ地になったこともあるという。

 レンタカーを降りて、歩いて渡ってみることにした。欄干のない橋は、うっかりすると川にドボンと落っこちそうでなかなかスリルがある。幅は4.4メートルだが、実際に橋の上にいるともっと狭く感じられる。

 にもかかわらず、ときおり何でもないことのように乗用車が橋を渡っていく。これぞ四万十川らしい風景だとしみじみ思う。単なる観光地ではなく、この地に暮らす人々にとっては、橋が重要な生活インフラとなっているわけだ。

勝間沈下橋は全長171.4メートル。両端に白い線が引かれていた


 さらに川を下って「高瀬沈下橋」へやってきた。こちらもやはり欄干がないが、勝間沈下橋と比べてさらに幅が狭い。とてもじゃないが、車を運転して渡る勇気が出ないのだが、橋の向こうには民家がちらほら見える。ここもまた地元の人たちからすれば生活道である。

 「橋の上で車両とすれ違う際は、下流側の端に寄ってください」と看板が出ていた。なぜ下流側なのかはわからないが、安全のためにも一定のルールが必要であることは理解できる。それほどまでに狭い。

水面があまりに綺麗なので思わずカメラを向けてしまった


 高知県内には、四万十川のほかにも数多くの河川が流れ、やはり沈下橋が架けられている。そのうちのひとつ、「浅尾沈下橋」もついでに訪れてみた。ここは『竜とそばかすの姫』という映画の舞台になったところで、そのせいか四万十川の沈下橋よりも観光客が多かった印象だ。「聖地巡礼」というやつである。

 実は、自分は映画を観たときに「やられた」と密かに思っていた。日本の原風景を残す川沿いの集落と、そこにかかる沈下橋という組み合わせが、アニメ映像にしたときにめちゃくちゃ映える。なんてエモいのだろう、と心が震えた。

 実在するのなら、行ってみたくなる。実際に行ってみて、美しい映像を観ているかのような時間に感じられた。やはり、沈下橋は絵になるのだ。

浅尾沈下橋。少し進んで振り返る。すると、作中そのままの風景が広がっていた


 ランチに入った店では、高知まで来たのだからと、鰹丼を注文した。厚切りの鰹の切り身が隙間なくご飯を埋め尽くし、その上に葱が豪快に盛られた丼飯を、わしゃわしゃかきこむ。ビールが飲みたいところだが、車なのでグッと我慢した。

鰹の刺身定食も美味しそうだったが、丼の気分ということで





吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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