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外は晴れ!悩んでいる暇はない。

2年前のある夏の日。
私はバンクーバーの観光地、ガスタウンのはずれにあるスキンケアのお店で働いていた。いつも通り職場に向かい、オープンの準備を進めた。その日は同僚のシドニーと二人体制。天候も良くバンクーバー、ガスタウンは観光客で賑わっている。

普段なら11時の開店と共にノンストップでお客さんが出入りする店内。
しかし、その日はとても静かな朝を迎えた。

年頃の私たちは、客のいない店内で最近デートしている男の子の話で盛り上がる。私自身、その当時の彼と喧嘩中でとても暗い気持ちになっていた。自分には何の価値もないかのように感じ、とても惨めで切ない感情。

1人の女性が入店してきた。
白髪にメガネ、とても優しそうな印象だった。

「How can I help you today?」
「とてもいい香りがしたから入ってきたのよ。ここは何のお店?」

一通りのお店と商品の説明をする。慣れたものだ。

「ハンドクリームを探しているの。何かいいものはある?」
いくつかの商品を紹介する。これもまた慣れたものだ。

「ああとってもいい香り!ローズマリーを使っているのね、私も庭で育てているわ。お茶にしたりお料理に使ったりね」
「簡単にお庭で育てられるものなんですか?」
「ええ、鉢だけでも十分に育つわよ。ラベンダーなんかも育てているわ、ミツバチがくるでしょ、その羽音を聞くのが好きなの。」
「とても素敵なご趣味ですね。」

彼女は他にも花や野菜を育てていると教えてくれた。
私は彼女の好きそうな香りのクリームを紹介する。

「こっちもとてもいい香りね、凄くすてき。でも私今年で76歳になるの。何かお肌にいいものはある?」
どうみても50代~60代にしか見えない彼女の出で立ちに驚きを隠せない。

「そうよ。でも76歳なんてただの数字にしか過ぎないわ。私は自分の年齢を気にすることでこの美しい一日を無駄にしたくないの。心配事とか、あるでしょ?でも年齢のこと、先のこと、色んな心配事のせいで暗い気持ちになって今日を楽しめないなんて損だと思わない?だって私たちが生きているのは今でしょ?

自分の置かれている状況に悩み、
帰国後のことについて悩み、
彼との関係が上手くいかず悩み、
その頃ずっとクヨクヨしていた私。

「いつでも人にやさしくが私のモットー、でも心のブラインドを下ろしてるような人とは別に関わらなくていいと思ってるわ。私はその人の悪い部分に影響されたくないから。あなたはとても優しい人ね、少し喋っただけでわかるわ。」

「あなたの名前は何?私はAnnaよ。」

Annaに私は日本人で、あと二週間で帰国することを伝える。

「私の男友達は日本で英語の教師をしていたの。日本の女性と恋に落ちて今は日本に住んでいるわ。あなたは日本に帰りたいの?」
「ビザの関係でもう帰国せざるを得ませんが、できることならこちらに住みたいです。カナダ人のボーイフレンドを見つけるべきでした。」

「なるほどね、私は今まで四つの国に住んできたの。元々ヨーロッパの出身よ。でも色々なことがあってここにたどり着いたわ。もちろん不正にじゃなくて自分のパスポートを使ってね。あなたも本当にここに住みたいという気持ちがあるなら必ず機会があるはずよ。でも調べ続けることと、いつでも自分をオープンにね。どこに機会があるかわからないから。私がもう少し若かったらあなたに素敵な男性を紹介してたのに。私の周りはちょっと年を取りすぎているわね。」

一時間程彼女と二人で人生について語り合った。
ここのお店に一時間も他のお客さんが現れないことは初めてだった。

何も買わないお客さんと喋り込むなんて、あまり良くないかもしれないけど、その時の私には必要な出会いだった。忙しい日々を送る中で、色々なストレスを抱えて、シンプルに“晴れ!ハッピー!”とか“ご飯美味しい!ハッピー!”とか少しの幸せを感じることを忘れてしまう。でも心が疲れた時はいつも彼女の言葉を思い出すようにしている。

「あと二週間で帰国してしまうのよね、また会えるかしら。でも素敵な人生を送ってね。」ハグをしてお店を去っていった彼女。

私は帰り道にお花屋さんでラベンダーを買い、太陽の光を浴びながら、素敵な足取りで家路についた。

彼女の苗字もどこに住んでいるかも知らない。ただ次に会ったらありがとうと伝えたい。

"Its just a number. Dont miss this beautiful day."

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