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もり塾の歩き方(3)書評。文章の海に潜って、宝箱を探すようなもの

あきらめていたかつての夢「書く仕事」。
60歳目前、でも人生100年ならは、まだ折り返し地点。
これが最後の挑戦と、私、野村紀美子は昨年「もり塾ブックライター・編集ライター養成コース」に挑みました。これはその受講体験記。今回は第3話です。
「書評を書く」という課題が、出されました。
国語コンプレックスを抱いていた私にとって、それは超難題。課題をこなしていくうちに、発見したものとは……

書評、読書感想文とは違うけど……

「『読んで書く』。指定された書籍の書評、またはレビューを800字にまとめる」という課題が、何回かにわたって出されました。

私は、「『書評』って新聞や文芸誌などに掲載されているもの。偉い作家の先生とか、評論家とか、著名人が書くものじゃないの?」と思っていました。

普段から、Amazonなどにレビューを投稿している人なら、難しくないかもしれません。
ですが、私には少し気が重い課題でした。

真っ先に思い浮かんだのが、夏休みの宿題「読書感想文」。
もともと読書も作文も好きでしたが、これが大の苦手でした。

本を読んだ後は、「ああ面白かった」、「なんてかわいそうなのだろう」など、単純な感情や印象が残っているのみです。
学校指定の課題図書は、興味もわかず、読み終えるだけで精一杯、感動さえしないことも。
とりあえず気になった人物や、出来事を順番に書き出し、最後に印象を記して、とにかく原稿用紙を埋めていたものです。

もちろん「書評」は、「読書感想文」とは違います。

「あらすじと、見どころをバランスよく配分し、読んだ人が先を知りたくなるように書くこと。
できれば著者の経歴、時代背景も調べておくと良い。新聞などに掲載される書評欄を参考にするように」と先生は説明しました。
さらに、欧米では手厳しい批判を含む書評もあるが、日本では好意的な批評が一般的であると教えていただきました。

「書評、レビュー」を書くために準備したこと

私は書評を書くにあたって、まず気になった部分に付箋を貼りながら読んできました。
あとで引用文を拾うために、マーカーを引いてわかりやすくしておきます。

どこに一番心惹かれたのかを最後に精査するために、付箋にポイントも記入。
名著も、付箋とマーカーだらけの参考書のようです。

著者の経歴や時代背景も調べると観点が変化し、より深く理解できました。

解釈は人それぞれ、正解は一つではなかった

高校時代、現代国語の授業で、何度も挫折を味わった苦い経験があります。
試験の答え合わせで、先生が「この問題では、Bという解釈もありますが、正解はAです」と解説されたとき、「B」を選んでいたことが多かった私。

なぜその解釈が不正解なのか、説明を聞いても腑に落ちません。
人によってどう受け止めるかは自由のはず、だとすると正解が一個というのも納得できないのでした。そして、次第に国語コンプレックスに陥っていったのです。

そんな私にとって、読み解くことがメインである書評という課題が、大きなプレッシャーとなったのはいうまでもありません。

課題提出後の講評では、評論文が論理的に成り立っているか、内容や文章が読者に伝わりやすいかなどについて、それぞれフィードバックを受けました。

先生は「正解はない。書評は書く人の個性、姿勢、読み方、感性によるから。読者にわかりやすく文章にまとめられるかが重要」と強調します。

同期の仲間が書いた課題文は、視点も論点もさまざま。
登場人物の誰に感情移入するか、どのシーンに共感を覚えるかは、読み手の感覚や、歩んできた道のりに左右されることもあるしょう。
それを、どのような言葉で表現するか、その人次第。いく通りもの文章がありました。

正解は一つでなくていい」と知った瞬間、高校時代から引きずっていた私の国語コンプレックスは、ゆるゆると溶けて消えていったのです。

著書の中を探検し、「隠された意図」を発見する

初めのうちは、少し重いテーマの著書が続きました。
「深く没入して読むことになるので、良い題材」と、後に先生は種明かし。
実際、読了するだけでも、かなりの時間とエネルギーを要します。

「後で書評を書くんだ!」と念じながら、深い没入感とともに読み進めると、感想を持つだけでなく、著者の意図や戦略の存在に、うっすらと気付けるようになっていきました。

その後、「レビューを書く」という課題が出たときには、ほっとしました。
自己啓発本でしたし、カジュアルな文体で書くこともできたからです。

その著書は、以前にも読んだことがありました。そのときは知識を習得することが目的で、テクニックを拾い集めるように流し読みをしただけ、特に作品としての感銘は受けませんでした。

しかし、課題としての観点で読み進むと、いくつもの発見がありました。

「ここに記されている文章には、何か別の意図があるのではないか」、「ここで著者が伝えたいことは、この1文に集約されているのではないか」など、本文の内容以外の何かが、顔をのぞかせます。
そこかしこに仕掛けられた著者の戦略

章を何度も読み返し、解釈に仮説を立て、著者の気持ちに寄り添うように読み進めると、隠された意図を発掘することができました。

その作業は、まるで探検。著者の書いた文章の海に潜って、砂に埋もれかかった宝箱を探すかのようでした。

「知識集」として読んだときとは全く違う感動と、著者がこめた思いを受け取ることができたのです。

著者から受け取った宝物を、読者に届ける

書評を書く最後の過程で、付箋やメモと照らし合わせながら頭の中を整理して、文章の海で見つけた宝物を選び出しました。その宝物が際立つように、文の内容を考えていきます。

「なるべく好意的な意見を」という先生の指導があったので、良い側面に注目し、読者には期待を届け、著者には敬意を示せるように、肯定的な表現を駆使して書き上げました。それによって筆者の自分も、充足感を得られたといます。

今や、無意識に、著者の戦略を掘り起こしながら、書籍を読むようになっています。
うっかりしたら、貴重な宝箱を見落としてしまうかもしれませんから。

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