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第35話「弘法大師の道」

今、大和八木から洞川温泉に向かっています。
これから、弘法大師の道を年に一回走ることのできる
弘法トレイルに参加するためです。

1200年以上前に、
弘法大師が、奈良の吉野山にある
金峰山寺で修行をされており、
そこから南に一日、西に二日、
山の中を彷徨って見つけた
比較的に平らなところを
「たかの」と名付け、金剛峯寺を建立し、
今の信仰の街の高野山に繋がって行きます。

弘法大師の道は、
千日回峰行や山伏修行の世界でもあり、
女人禁制の聖地でもあるのですが、
年に一度、この険しい道を
150人が走ることができるのです。

前日は、火の修行である護摩行、
寒さに震えながら水行をやって、
身を清めて心を整えて行きます。

朝、法螺貝の響きでスタートをして、
とても険しい急登が、
これでもかと言うように次々と続き、
その中を走るというか、前に進んでいると、
雑念が消えて無に近い気持ちになってきます。

火の行の際に僧都さんから伝えられた言葉、
「どんな時でも感謝の気持ちを」を思い出し、
山を歩けること自体に
感謝をしながら進んでいくのです。
そして、夕闇の中、坂を降っていくと
高野山の灯りが見えてきて、
たどり着いた安堵感と、
暖かいぷんくりした、
感謝の気持ちが湧いてきます。

山を降り、高野山の街に入って暫く進み、
根本大塔に辿り着き、
お賽銭をいれて手を合わせて
祈りを捧げてゴールとなるのです。

ゴール後は、宿坊に泊まり、
翌朝のお勤めをして、
精進料理の朝食を頂き、
奥の院にお参りをしてお札を返し、
新しいお札を頂いて
屋久島への帰路に着くというのが
例年の行事となっています。

さて、バスでの移動中に、
麺匠のラーメンの看板が目につきました。

都会にある有名店ではなくて、
郊外の駅の側のラーメン屋は
美味しいのだろうかと思いながら、
大学の時によく通った
地元のラーメン屋を思い出しました。

ラーメンは、今ほど人気になっておらず、
更にこだわりや高級な食べ物ではなく、
日常の安くて美味しい食べ物として
定着していました。

だから、お金があまりなくても、
行くことができたわけです。
横浜の地元の道路の横の空き地に
建っているプレハブの掘立て小屋、
それが行き付けのラーメン屋でした。

年配のおばさん一人でやっている店で、
鶏がらスープの醤油味のラーメンで
小さくて刻んだチャーシューと
ネギを混ぜたものが、
たくさんのっていて、美味しいのですが、
曜日によって味が違うのです。

月曜日より、金曜日が美味しい。
週末はお休み。
週末に仕込んだスープが寝かされて、
煮込まれてどんどん濃くなってきて、
金曜日のスープが美味しくなるのだとの
結論に達しました。

大学を卒業して、
平日はラーメン屋に行くことができなくなり、
ある日車で店の前を通ったら、
もうそのプレハブ小屋はありませんでした。

僕の中では、あの店のラーメン以上に
おいしいラーメンは出会ったことがないと
刷り込まれており、
もう味わえない寂しさと懐かしさか、
より一層記憶に深く刻まれているのでしょう。

さて、バスも山間深くに入ってきて、
もうすぐ到着です。
「火の行」、「水の行」を行う覚悟を
決めなくてはなりません。

弘法大師の道は無くならないでしょうが、
いつか弘法大師の道を進めたことが、
僕の記憶の中に懐かしい記憶になるのか、
道半ばとなって辿り着けなくても
ずっと挑戦し続けるのか?
いずれにせよ、
感謝の気持ちの大切さを
心から感じることのできる時間の始まりです。

今年も、なんとかゴールに辿り着くことができました。
メイさんも今年5回目の完走を果たし
準先達になることができました。

宗派の違う金峯山寺の座主と
金剛峯寺の管領のお二人から
準先達と認められ2ヶ月もすると書状が届きます。

僕は、来年完走すると先達になりますが、
いつまで経っても、納得のいける境地には
辿り着きつけないように思えます。


森の黒ひげ塾
塾長 早川 典重

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