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掌編小説「ジョンは何でもお見通し」

 友人のジョンが殺された。
 朝のコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた僕は、目を疑った。犯人はエリーゼ夫人。エリーゼは同郷のクラスメイトで、ジョンの妻だ。
 ジョン・ルマンド氏が、エリーゼ夫人の浮気の証拠を見つけたことから揉め事になり、エリーゼ夫人は、チェストから取り出した拳銃で——新聞にはこのような内容が書かれていた。
 僕は天を仰いだ。悪い夢だと言ってほしい。あのジョンが拳銃が見えないはずがない。だって君は、何でもお見通しだったじゃないか。
 ジョンには昔から不思議な力があった。お宝探しは百発百中。おもちゃ箱の中に隠したグミの色まで、ピタリと言い当てた。要するに透視能力というやつだ。
 しかし彼は、自分の力をむやみに使われたり、悪事に利用されるのを嫌った。どこからか噂を聞いてやってきたメディアの前で、全部外したこともある。大人たちに嘘つきだと言われても、どこ吹く風だった。
「別に気にしてないさ。あそこで威張ってた男の人、靴下に穴が空いてたんだぜ」と、あとで聞かされた時は、仲間たちと一緒に笑った。
 優しくて正義感が強い友人は、いつだって困っている人や弱い立場の人の味方で、誰からも慕われていた。
 大人になったジョンは、ガールフレンドのエリーゼにプロポーズをした。二人がこの街を出てからもう十年になる。
「なぁ、ジョン」
 ふと懐かしい会話が蘇った。あれは僕らがまだ子供だった頃、エリーゼのバースデーパーティーの帰り道だった。
「君は何でも見えるんだよね? たとえばさ、僕が考えていることも分かるの?」
「たしかに物体の中身の、その先まで見えるけど、それ以外はさっぱりだよ。……好きな子の気持ちまで見えたら、苦労なんてしないさ」
 照れ臭そうにそっぽを向いた友人の胸の内は、もう誰にも分からない。
 僕はぬるくなったコーヒーに口を付けた。マグカップを傾けても底は見えなかった。


招文堂の「文芸意見交換会6_テーマ・透過」への参加を目指した作品でした。

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