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【安曇野から発信する潤一博士の目】23~木曽ヒノキ林の歴史

   木曽谷全域で、ヒノキ林の平均樹齢は、1980年当時で280~300年である。樹齢がそろっているのは、17世紀後半に伐採が全域に及び、その後にほぼ同時期に、実生からの林の再生が始まったからと考えられる。17世紀以前の原生林と再生されたヒノキ林がどのような姿であったか興味深い。
 1977~1978年に、長野営林局の依頼で、ヒノキ林の歴史を解明するための調査を行った。
 王滝川支流の、鯎(ウグイ)川上流域が助六国有林である。谷底の湿地に、泥炭質堆積物があり、多量の炭が含まれていた。泥に含まれる花粉の化石と炭のC14年代は、様々なことを語ってくれる。
(1) 炭は、360±90C14年で、17世紀の後半を示す。この地域で、尾張藩が17世紀後半に大規模な伐採を行った記録があり、炭はその時のたき火と一致する。
(2) 炭より古い堆積物中の花粉化石は多い順に、ツガ、マツ、コウヤマキ、ヒノキの仲間(ヒノキ、サワラ)であり、広葉樹はコナラ、ハンノキ、ブナ、シラカンバも多く、現在のヒノキ林のイメージとは程遠い。これは、17世紀に伐採された原生林を示している。
(3) 18世紀以降に再生した林も、最初はこの原生林と似た樹種構成をもっていたが、後の留山政策で住民は五木以外の木を生活に利用せざるを得ず、林の樹種構成は、現在のヒノキ林へと変化した。人手が入ることで、現在のヒノキ林が形成された。人手の加わった自然林が、現在のヒノキ林である。

ヒノキの花粉化石
ヒノキの小枝化石
カラマツの小枝化石
調査風景
穴を掘り土の試料採取(花粉化石を調べる)
ヒノキ林
急斜面のヒノキ
このような条件の所に、コウヤマキが混ざる
秘境・油木国有林
御岳山東麓の南俣川上流部(田の原より展望)
油木国有林の拡大写真

(地質学者・理学博士 酒井 潤一)

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