20代の師匠がいてもいい

ブログのお引越し先をどこにしようか迷っていたら、たまたま20歳の次女が「noteがいいらしいよ」という一言でnoteを利用させてもらうことにしました。
noteとブログの違いも使っていくうちにだんだんとわかっていくでしょう。
ザクっとした感じで始めてしまうのは毎度のこと。
走りながら覚えていく。
そのうちわかる。
説明聞くより、直感、出会い。

以前、携帯電話の窓口での出来事をエッセイで書いたことがありました。
父親をスマホに乗り換えさせるために窓口にやってきた親子。
息子さんが老年の父親に説明しているうちに、父親が怒り出しけんかとなって、父親が店を出てってしまったという話。
教える息子さんも親子ならではの慣れから、言葉が丁寧でなかったのかもしれません。
父親は、若い人に今さら教えを乞うことにだんだんイライラしてきたのかもしれません。

20代くらいの友達や、師匠がいるのも今っぽいと思います。
あ、私は50代に足を踏み入れたところです。

今はこうなっているのね。
次はこれでもよくなるのね。

先が見えないと嘆くより、素直に小さな変化から受け止めていくと、次のビジョンが開けていくと思います。

こうであったはず。
こうあらねばならない。

こういう思考を一旦手放して眺める姿勢と、今まで築き上げてきた冠(かんむり)を脇に置くこと。
きっと、もっと関係が軽やかになるのではと思います。

筆が遅い方ですが、よかったら次回もお読みいただくとうれしいです。
よろしくお願いします。


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