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石材業の社長さんとお墓のお話

 先日、見つけた敦賀半島産水晶。

 大きな石の一部に、ちょろっと結晶がついているだけなので、できれば、いらないところを削りたい。そこで、ハンマーでたたき割ってみたのだけれど、石英質の部分が硬すぎて、私の力ではどうにもできなかった。

 これはプロに頼るしかないと思い、敦賀市内の石材加工業者さんを調べて電話してみると、持ち込みの石は、ワンカット2千円で切ってくださるという。ただ、現物を見てみないことには、きれいな形で結晶部分を残せるかどうかがわからないので、一度見せてほしいと言われ、それならば、と、その10分後に事務所を訪ねたのだった。

 結果から言うと、お電話がつながった方は、たいへん腕のいい社長さん兼職人さんで、持ち込んだ石は、すべて私の望み通りのサイズにカットされて仕上がってきた。私はなんてついているのか、と心から神様に感謝した。

 けれど、何より最高だったのは、その社長さんがとても話好きな方で、「日本の石材業の今」について、いろいろ語って下さったことだ。これがとんでもなく面白かった。

 ほんとかな?と思うほど、よくできた話もあったのだけれど、作業の合間の雑談で伺った社長のお話を、できるだけそのまま再現してみたいと思う。

 あなたは、お墓がなぜ売れなくなったのか、その理由を知っている?


社長「石材っていうのはですね、今はもう、国産材はほとんどないんですよ。国内の石材加工で生き残ってるのは、瀬戸内、岡崎あたりが有名ですけど、良い石はもう、国内では採れないか、採れても採算が合わないので、石切り場はどんどんなくなってますね。昔の文化財の補修なんかで『どうしても、あの石が必要だ』ってとき以外は使われてないんじゃないでしょうかねえ」

――そうなんですか! 岡崎には、母校があるのに、全く知りませんでした。

社長「私も詳しくは知らないですけれど、岡崎は、戦国時代の終わりごろから、石の町として有名だったらしいですよ」

――瀬戸内の石の島っていったら、お笑い芸人の千鳥の大悟さんの生まれた「北木島」がファンの間で有名ですよね。

社長「北木島で採れる『北木石』も全国的に有名な石ですね。大坂城の石垣をはじめ、靖国神社の大鳥居、東京駅丸の内駅舎なんか、北木石で作られてますよ。瀬戸内も、岡崎も、分業が進んだところでね。石を切りだす業者、加工する業者、運搬する業者、設置する業者、全部専門にいるんですよ。国内産の石は、さっきも言ったように、ほとんど産出しないんですが、加工する技術があるところは、今も輸入石材の加工業者として生き残っているところが多いんです」

――言われてみれば、地元の戸建てに住んでいる友達の家の庭には、必ずと言っていいほど石灯籠が建ってました。見慣れ過ぎて、当たり前になってましたけど、よその地域では、神社仏閣か料亭でしか見たことないものが、普通の家にあったってことは、愛知県民は、けっこう石の町・岡崎の影響を受けていたんですね。

社長「そうでしょうね。一般のご家庭に石灯籠があるところって、なかなかないと思いますよ」

――敦賀では、石材業者さんの分業は、あまり進んでなかったんですか?

社長「ええ、買い付けから、加工、設置まで、なんでも1軒の業者がすることが多かったですね。だから、ひと通りの機械を持ってるところが多いと思います」

――ひと通りって、例えばどんなものですか?

社長「たとえば、石を切るカッターや、研磨機や、カニクレーンのようなお墓の設置に使う機械なんかですね」

巨大カッター。墓石などをすぱすぱ切断する
カニクレーン。通路が狭い日本の墓石を立てる機械として生まれた

――カニクレーン! 初めて知りました。ほんとにカニみたいですね。国産材があまり使われないってことは、今はどこの石を使っているんですか?

社長「主に、中国、インドですかね。あとは、フィンランド、スペイン、ポルトガルなんかもありますね」

――インド?!

社長「意外でしょう? 硬くていい花崗岩が出るんですよ。海外の石切り場は、日本と違って、規模が大きいところが多いので、重宝されるんですよ」

――どういうことですか?

社長「例えば、大きなビルの建材に使うような石が欲しい時って、壁や床に使う板状の石が一度にたくさん必要になるでしょう? 作ってる途中で色や粒の大きさが変わったりすると困るわけです。でも、日本国内の石切り場で、今、同じ品質のものを大量に産出できるところって、ほとんど無いと思います。岩塊が小さいから。大陸の岩塊は規模が大きいので、均一な石材が大量に採れるんですよ」

――なるほど! 大陸の端っこにへばりついてる島国じゃあ、マグマの噴出規模が小さくて、火成岩の産出量では大陸に勝てないってことですね。

社長「そんな感じだと思います。それに、石材って、加工してみるまで分からないところがありますからねえ。だいたい10トン輸入して、使えるのは1~2割ですよ。切ってみるまで、細かいひび割れなんかわかりませんからねえ。ですから、余計に安い輸入材の方が好まれますよね。まあ、そうは言っても石材の輸入自体も、今は、どんどん減ってますけど」

――そうなんですか。どれくらい減ってるんですか?

社長「国内の市場規模が、2000年に約4500億円くらいあったのが、2015年には2500億円とほぼ半減してるんですよ。今はもっと少ないと思いますね。そもそも、今の人って、お墓を作りませんしね」

――言われてみれば、うちの父のお骨も、お寺の納骨堂に入れてもらっていて、お墓はないですね。

社長「子どもが都会に出たまま帰らないから、墓守がいないという問題もあったんでしょうけれど、石材業界にとっては『あれ』が痛手でしたね」

――あれ、ってなんですか?

社長「千の風になって」

――え?

社長「ほら、歌詞の中に『私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません』って、あったでしょう? あれで、みんなに、お墓はいらないんだ、って思われたみたいで」

――ええ?! そんなネタみたいなことが本当に?

社長「いや、もちろん、その前から少しずつ減っては来てましたよ。バブルがはじけてから、お墓にお金をかける人は徐々に減ってましたし。でも『そこに私はいません』って言われたら、それまでこっそり『そうだろうな』って思ってた合理的思考をする人たちが『ほら、やっぱりね』って大手を振って言えるようになったんじゃないでしょうかねえ。それは、大きかったと思いますよ」

――なるほど。

社長「で、とどめがコロナですね」

――コロナも関係あったんですか?

社長「ほら、人が大勢集まれなくなったから、お葬式とか、大々的にやれなくなったでしょ? 家族葬とか、身内だけでっていう形が増えたんです」

――はい。

社長「葬儀の規模が縮小すると、仏壇や、墓石も、つられて縮小していくんですよ。『なんだ、お金かけなくても、これくらいの規模でも良かったのか』って思うんでしょうねえ」

――いろんなことが、つながってるんですね。ところで、社長、質問してもいいですか。

社長「なんでしょう?」

――社長も『亡くなった人は、お墓にいない』って、思ってます?

社長「うーん、立場上、いないとは言えないんですけど、あの狭いところに、ずっといるのは窮屈だろうなと、自分だったら思いますね。ただ」

――ただ?

社長「お墓が無いと、どこに行けばいいんだろう、とは思います。亡くなった人に話したいことがあるとか、親族や友人と故人を偲びたいなんていう時、墓参りって便利なシステムだとは思うんですよ。お墓という、手を合わせるシンボルがあるわけですからね。日本は、もともとアニミズムが根付いているので『風になって、空を吹きわたってる』と言われたらそうかな、とも思いますけど、それでも、神社仏閣に手を合わせる、対象を見つけて拝むってこともするでしょう?」

――たしかにそうですね。亡くなった友達のおうちまで押し掛けるのは、遠慮があってできなくても、お墓の場所を聞いたら、お参りに行こうとは思います。お墓がなかったら、どこでお参りすればいいのかな、とは思いますね。

社長「だから、ものすごく立派なお墓を見栄で作る必要はないんですけど、個人を偲べるシンボル的なものは、何かあったほうがいいんじゃないかとは思いますね。樹木葬が流行ってるのはそういうことだと思います」

――なるほど。


 たまたま出会えた石材業者さんから、めちゃくちゃ面白いお話を伺えたと思うのだが、どうだろう?

 ちなみに、私は当時、知らなかったのだが『千の風になって』の大ヒットの後、直訳ロックで有名な王様が、アンサーソング『万の土になった』という曲を発表していた。紅白歌合戦に出場するには至らなかったようだが、パロディに笑いながらも、歌詞に納得してしまった。

 自分の葬式も墓も、死んだ後のことはどうせ自分じゃわからないし、もったいないからいらないと思っていたけれど、どちらも遺された人のためには、あった方がいいものなのだろうなと思い直した。

**連続投稿427日目***


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