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ついに台所仕事から解放された妻の話

うちの夫は、たいへんまめな人間で、しかも自称グルメ。
単身赴任していた頃は、会社でお昼に配られるお弁当がおいしくないからと、わざわざ自分で毎日弁当をこしらえていたような人である。
冷凍食品も一切使わず、朝も夜も自炊していたので、よほど食べるものにこだわりがあるのだろう。
子どものころ家庭が困窮していたらしく、その頃のもったいない精神が骨の髄まで染みこんでいて、買い物はコスパを最重視する。
安い食材を探して、何軒もスーパーをはしごすることを厭わない。
つまり、ものすごく台所関係を任せるのに向いた逸材なのである。

今は冬。
つまり、大根と白菜の季節だ。
夫は、古本屋でNHK「今日の料理」のバックナンバーから「白菜と大根料理特集号」を見つけてきて、毎日のように、何かしら新しい料理に挑戦している。
ちなみに、今日の夕飯は水餃子だった。
とんでもなく美味しかったし、私は家で水餃子なんて作ったことがないので、もう、料理では夫に敵わない。
勝てるとしたら唯一、粉ものくらいかと思うが、夫は家でお好み焼きや、たこ焼きを食べない。
当然の帰結として、食事担当は夫になった。

愛媛に引っ越して来た当初、私は新しい仕事を引き受けることになり、毎日、自室に引きこもってパソコンに向かってばかりいた。
その結果、洗濯くらいしか家事を担当しなくなった。
夫は、そんな私に
「飯を作ってもらってるんだから、せめて、洗い物くらいしろよ」
と主張し、そりゃそうだと思った私は、何度かシンクの食器を洗った。
しかし、洗い終わった鍋や菜箸を見た夫が
「お前には、任せちゃおけん」
とジャッジを下し、私は洗い物担当を免れることになった。
どこが悪かったのか、いまだによくわかっていないのだが、生化学系の分野で大学院まで進み、毎日何百本も試験管を洗い続けてきた人間からすると、
「こんな洗い方では、雑菌が繁殖しまくって、確実に実験が失敗する」
というレベルなのだそうだ。
ふーん。

聞いてもやっぱりよくわからないが、私としては、嫌いな洗い物から解放されたのはありがたいことだ。
しかし、作ってもらっているのに何もしないというのも、確かに申し訳ない。
そこで、食事が終わった後の食器を下げる係くらいは、担当した方がいいだろうと、しばらく夫と二人分の食器を下げていた。
しかし、今日ついにその係すらも、くびを言い渡されてしまった。
夫に言わせると
「洗い物とは、食器を下げるところから始まっているのだ」
そうだ。
つまり、洗う人のことを考えて、洗いやすい順番に食器を置くことが大事だと言いたいらしい。
私は、自分が洗うのなら、こう置いてあったらやりやすいと思う重ね方をしていたのだが、夫の合理的考え方からからは、思い切り外れていたようだ。

結局私は、長年主婦を名乗ってきたのに、ついに台所における主権を失ってしまった。
それが悲しいかというと全くそんなことはなく、仕事だけしていればご飯が出て来る生活って、なんて素敵なんだろう、と思っている。

適材適所って、いい言葉だなあと、私はへらへら思っているのだが、当の夫はどう思っているのか、藪蛇になりそうで聞けずにいる。

**連続投稿694日目**


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