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妊娠中、席を譲ってもらったときのこと

妊娠中、フルリモートで働いていたこともありほぼ満員電車に乗る機会というものがなかった。
そんな私も妊娠期間中に席を譲っていただいたことが2回ある。

そのうちの1回のこと。
平日の夕方過ぎの山手線新宿駅という、よりによって日本で最も混雑していそうな電車に大きなお腹を抱えて乗ってしまった。目の前に20代くらいのおしゃれな男性が座っていたのだけれど、スッと立って一言「どうぞ」と声をかけてくれた。

何せ妊娠後期のそのときまで一度も席を譲ってもらった経験のない私は、男性のスマートな振る舞いとは真逆のしどろもどろで「え、ええ!?お気遣いありがとうございます、すみません。」と、動揺しながらも座らせていただいた。

ここまではドラマや漫画でもよく見る展開。「ついに私にもこんなときがきたか…」と、ありがたさとともに感慨深いものがあった。

さて、座らせていただいたはいいけどその後はどうしよう。通常なら電車の中ではイヤホンをしてYouTubeでも開きたいところだ。でも、今しがた席を譲ってくれた男性が私の目の前に立っている。「こいつ、なんか急にくつろぎはじめたぞ!図々しい」などと思われてしまうかもしれない。

とりあえず、いつもは猫背の私も背筋をしゃんと伸ばして座った。少し体調のわるさが見てとれた方が席を譲ったかいがあったと思ってもらえるかも…と眉をほんの少しひそめた状態で、感謝の意を忘れないようにうっすらと口元だけ微笑みを残した。これが、私の思う“席を譲ってもらった人の浮かべるべきパーフェクトな表情”だ。

(自分の思う)パーフェクトな状態を保ったまま、一駅、二駅が過ぎた。正直、ピンと伸ばした背筋も慣れない表情も、だんだんしんどくなってきている。男性も片手でスマホをいじってるし、そこまで気にしていないとは思う。でも万が一、私に席を譲ったことを後悔させてしまったら。私が“妊婦”のイメージを損なってしまうことで、未来の妊婦さんがこの男性に席を譲ってもらえる機会を奪ってしまうかもしれない。広いのか狭いのか分からない視野でぐるんぐるん想いを巡らせていたところ、男性が電車を降りる素振りをしはじめた。私は口元の微笑み強度をグッとあげて、ゆっくりと男性に会釈をした。

「去り際も(自分の思う)パーフェクトにできた…!」

目の前に立つ男性がいなくなり、やりきった達成感とともに私はやっと肩の力が抜けた。本当のところを言うと逆に疲れた。でも、はじめて妊婦らしい扱いをしてもらったことと、男性のお気遣いが心の底から沁みた。

ただそんなときでも、男性の薬指に光る指輪を確認して「やっぱり、こういう男性はちゃんともれなく既婚だよな」と下世話なことを考える余裕だけはあった。

ちなみにあと1回席を譲ってくださったのはインド人のカップル(?)の方々だったけれどそれはまた別のお話。

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