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あたいの母ちゃんの死を願う人。



 SNSで活動してるとな、行き過ぎた誹謗中傷ってのはわりと頻繁にもらうのなのよ。

 たとえばハーゲンダッツ食べたって言っただけでも「ホモなのにハーゲンダッツ食ってんじゃねぇよ」ってくるからね。もう世も末ですよ。

↓その時のツイート。



 と言ってもまぁ炎上でもしていない限りは、100件のメッセージをいただいたら、その中に7、8件くらい過激なものがあるかなというのが平常時の感覚ですわ。

 ありがたいことに多くの人はあたいをどっぷりと応援……とまではいかなくとも、どちらかと言えば好意的か、あるいは敵視せずにただボーッと見守ってくれてるんだけれどもね。そしておそらく北半球だけでも潜在的に18億人はあたいのファンがいるって分かってるから、全然いいのよ。ほんといいの。分かってるから。

 でもって殺害予告ってものも案外珍しいことではない。

「どうせ人殺しなんてするはずがない」と軽んじて通報しなかったり、あるいは明確な殺害現場や時刻の指定をしていないから対処できないと思って法的措置を取っていないだけで、SNSである程度の発信活動してる人間はまぁまぁ殺害予告をもらってると思う。もちろんあたいもめちゃくちゃ殺害予告されている。誹謗中傷を100件貰えば2〜3件くらいは犯罪を示唆する内容を書き示してある。

 そこには「殺してでも自身の意見を届けたい」「こいつを強い言葉でコントロールしなければ納得できない」ーーというような黙っていられないほどの強烈な感情が出どころにあるんだろうと思う。

 昨今、犯罪予告や誹謗中傷への対処も迅速化して、処罰の対処も拡張されているのは周知のことやね。それでも殺害予告するということは、自身の人生を軽んじて「どうなってもいい」と思っている可能性も拭い切れないけれど、それよりも「自分の人生がどうなってもいいから、こいつに一矢報いたい」という強い切望があるんだろう。

 だからあたいは殺害予告を受けたら、どうにかその人とお互いが死なない形で対話できないものかと考えたりする。死ぬほど眠れなくて、殺したいほど不安なら一晩くらいオンライン飲みでもやろうやって言いたいもん。なんで殺したくなったのか吐き出して言語化できるまで付き合うやんって思ったりもする。


◆ 

 基本的にあたいは自分自身だけに攻撃を向けられるなら殺害予告を通報もしないし、あんまりブロックもしない。

 ブロックするときは相手があまりにあたいにヘイトを向けることを日常化してしまって抜け出せないようになっている場合が多い。そういう時は互いのことを思ってブロックする。

 するとあたいから拒否反応を受けたことで一時的に血が昇るかもしれないけれど、あたいのツイートが見えなくなっているうちにいずれは冷め切って、攻撃依存の生活から脱却できることもある。それを当事者であるあたいは願うことしかできない。なぜなら相手からすればあたいは敵なので、こちらの声はきっと一切届かないだろうから。

 ただしイベント会場とかお店や他の人にまで対象が及んで予告した人については相談済みで、本人からも殺害予告を取り下げるという返事をいただいている。それに関しては法的措置も辞さないようにしてる。あたいのせいで他人まで殺されたら嫌だもん。


 一概に殺害予告と言っても、十把一絡げにただの犯罪行為だと断罪してしていいものかと考える時がある。いや犯罪行為で害のあることには間違いないんやけど。

 いろんな背景を持った人たちが、いろんな理由や共通点を持って、あたいに嫌悪感を抱えて殺害予告や誹謗中傷を送ってくる。それ自体はこの世の中の数ある人間からあたいを見出して、無視できないほど強烈な関心を感じてくれて、人生を懸ける想いであたいに向かってきてくれたということだから、不謹慎にも「発信冥利に尽きるなぁ」と感じる。また、あたいの人間性や姿勢にも問題と落ち度は認める部分があるので、反射的に相手を「異常者だ」なんて断罪もしない。一応は気持ちを掘り下げて意見として考慮する時もある。

 何より俯瞰して見れば、なんか救われていない人が、あたいで救われようとしているというだけの構図であることが多いとも感じている。

 誤解なきよう付け加えておくと、

 あたい“に”救われようと助けを求めてるんじゃなく、

 他人の存在を使って救われようとしている、ということ。それがあたいだったというだけの話だ。

 つまり、人をトイレットペーパーみたいにして自分の汚れたケツを拭こうとしているのが、殺害予行を送ったりする人の心理なのかもしれないね。相手のことを汚したい・爪痕を残したいという歪んだ欲もあるのかもしれない。コミュニケーション能力や自尊心がうまく発揮できていない人にも多い、素朴な承認欲求だ。


 あたいは殺害予告に対してそういったスタンスや理解度を示している。もちろんこれは浅慮な考えであることも否定しない。当てはまらない人もいるだろうし、勝手な決めつけである節も認める。

 そしてこれがあたいに対する殺害予告への考えであって、あたい以外の他人に関しては同様のスタンスを取らない。そして他人にも強制しない。さらに言えば、あたいに送られてくる他人宛の殺害予告に関しては同じように寛容さを見せることは、無い。


 まぁタイトルにも書いてあるので分かっていると思うけれど、あたいの次に多いのは、あたいの母ちゃんに対する殺害予告や、死を願うメッセージだ

 今回はそれについて記事を書く。



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ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄